スイート×トキシック

 わざと、ゆっくり顔を近づけたんだ。

 受け入れるか、拒否するか。
 わたしに(ゆだ)ね、選ぶ余地(よち)を残すために。

『勝手に決めないでくれる? 君に選ぶ権利なんかないから』

 そんなふうに言っていたのに、どうして?

(どうして……そんなに優しいの?)

 わたしは傷つけてばかりだというのに。

 彼がくれる愛情を一身(いっしん)に受けながら、その想いを知りながら、結局は自分の気持ちを優先してしまった。

 命が懸かっていたかもしれないのに、彼を拒んだ。

 十和くんなら許してくれると、どこかで甘えていたのかもしれない。

(だって……)

 本気でわたしを得ようと思ったら、そうやって脅せばいいだけなのだ。

 恋心の対価として“応じなければ殺す”と言えばいい。
 彼は王様(、、)なのだから。

 でも、十和くんは決してそうしない。

 ほかのことならいざ知らず、こればかりはいつだってわたしの気持ちを尊重してくれる。

『……ごめん』

 耳から離れない。
 去り際の切ない声色が。

 高鳴って止まない鼓動が苦しい。

(わたしが傷つけた。また……)

 ずきずき、割れたような心が痛い。
 痛みは鏡になるのに、想いは────。



*



 こんこんこん、と遠慮がちなノックが響いた。
 びくりと肩が跳ねる。

 カーテンからは光が()していない。
 窓の外には夜の(とばり)が下りている。

「芽依……」

 ドアの向こうから彼に呼ばれる。

 どき、と心臓が跳ねた。
 やっと落ち着いたはずの拍動(はくどう)がまた激しくなる。

「入ってもいい?」

 恐らく夕食の時間だ。
 がさがさというビニール袋の音が小さく聞こえた。

「……うん」

 どういう顔をしていればいいのか分からなかったが、頷くほかにない。

 ノックと同じく遠慮がちにドアが開き、彼が足を踏み入れた。

 無意識にその顔を見上げれば、目が合ってしまう。

「!」

 慌てて逸らした。
 十和くんもたぶん、同じようにした。

「…………」

「…………」

(気まずい……)

 キスは拒んだのに、なぜかよっぽど気まずい。
 ただでさえここは居心地が悪いというのに。

「これ、置いとくね。……またあとで」

 わたしを気遣ってか、彼は近づいてこなかった。
 ドアの近くに袋を置いてすぐに背を向ける。

 わたしは思わず立ち上がった。

「ま、待って」
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