スイート×トキシック

第14話


 ────わたしは教室前の廊下にいた。

 見慣れた学校の景色。
 少し先に宇佐美先生の後ろ姿がある。

(先生)

 呼ぼうとしたのに声が出なかった。
 彼の背中がどんどん離れていく。

 焦ったわたしは慌てて追いかけるけれど、先生との距離はなぜか一向に縮まらない。

 どうして?
 先生は歩いていて、わたしは走っているのに。

(待って)

 先生、振り向いて。
 お願い、わたしに気付いて。

 このままひとりぼっち、取り残されてしまいそうで怖くなった。
 泣きそうになって目の前が歪む。

「……っ」

 足がもつれて、つんのめった。
 床に打ちつけた掌と膝がずきずき、ひりひりと痛む。

(先生!)

 顔を上げると、彼は足を止めていた。
 (いぶか)しむような、それでいてどこか不安そうな表情で振り返る。

(先生……?)

 しかし彼にはわたしの姿が見えていないようだった。
 そのまま前を向いて、再び歩き始めてしまう。

(待っ────)

「芽依」

 背後から降ってきた声に、はっとした。

 振り向くと、そこには十和くんがいた。

「大丈夫? ほら、立って」

 手を差し伸べられる。
 窓からの陽射しを受け、辺りがきらきらと輝いていた。

 彼の手に自分のそれを重ね、そっと立ち上がる。

「十和くん……」

 声が出た。
 びっくりして、彼の顔をまじまじと見つめる。

「どうしたの?」

 十和くんはいつもみたいにくすくすと笑い、それから優しくわたしの手を引いた。

「帰ろ」

 不思議と先ほどより足取りが軽やかになる。
 彼に(ゆだ)ね、その後ろ姿を眺めながら歩いた。

「…………」

 気になって、一度だけ背後を振り返る。

(あれ?)

 先生の姿は消えていた。

 代わりに、廊下の先に別の人影が浮かび上がっている。

(誰……?)

 逆光(ぎゃっこう)になってあまりよく見えない。
 しかし華奢(きゃしゃ)な女の人であることは分かる。

 ふわ、と風が舞った。
 彼女の服の裾が揺れる。

(あ────)

 淡い色の小花柄。

 あのワンピースだと気付いた瞬間、ふっと辺りが夜みたいに暗くなった。

(え……?)

 戸惑って前を向く。
 わたしの手を引いているのは、十和くんではなくなっていた。

 暗色の長い髪。
 小花柄のワンピースをまとった女の人。
 ついさっき廊下の先にいたはずの人影。

 後頭部の辺り、髪の隙間がてらてらとわずかに光っているように見える。

 わけが分からずに困惑しているうち、彼女がぴたりと足を止めた。

「────逃げて」
< 95 / 187 >

この作品をシェア

pagetop