スイート×トキシック
*



 シャワーを浴びている間も、髪を乾かして貰っている間も、朝食をとっている間も、ずっと夢のことが頭から離れなかった。

 部屋へ戻ってきて、あのワンピースをじっと見つめる。

 “逃げて”。

 彼女は何を伝えたかったのだろう。
 その真意は何だったのだろう。

 あの子は幽霊だったのかな。

(わたし、また何か間違えてる?)

 それを正すために夢を見せられたのかも。
 彼女からの警告────というより、助言?

(……そんなわけないか)

 幽霊なんて非現実的だし、そんな幽霊に夢を見せられるなんてオカルトチック過ぎる。

 きっと頭の整理がつかなくなって暴走してしまったのだ。
 先生に会いたい気持ちが(つの)ってあんな夢を見たんだ。

 ただの夢。
 そんなものに振り回されている場合じゃない。

(ワンピースの彼女が殺されたんだったら、やっぱり────)

 そこまで考えて、あれ、と我に返る。

(殺されてないんだっけ……? 十和くんを信じるって決めたんだっけ……)

「あ、あれ?」

 分からなくなってしまった。
 自分の立場も、目指すべき目的も手段も。

 わたし、どうしたいんだっけ?

 自分自身を見失ってしまった。
 色々な思考がぐるぐる巡って絡まり合う。



「……っ」

 ずき、と不意に左胸が痛んだ。

 夢と同じだ。

 夢の中でも痛覚ってあるんだ、なんてどうでもいいことに気が付く。

(たぶん、わたしは────)

 殺された。
 夢の中で、だが確かに殺されたのだと思う。

 あれが現実にならないとは限らないんだ。

 やっぱり“たかが夢”だなんて、無視してはいけないのかもしれない。

 もし、あれがわたしの未来を表しているものだとしたら。

(簡単に信じるべきじゃないのかも)

 十和くんのことも、もしかしたら先生のことも。

 どう関わっているのかは分からないが、彼女の幽霊は確かに先生を示していたから。

 ────少しずつ、冷静になってきた。
 だんだん前が見えてきた。

 わたしは死にたくない。
 ここから出たい。

 それがわたしの目指すべきところだ。

 わたしは落ちていたワンピースを拾い、もう一度丁寧に畳んでおく。

「ありがとう……」

 顔も名前も知らない、実在するのかどうかも分からない女の人。
 でも確かに、その導きに救われたような気がした。
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