四月のきみが笑うから。

「ハクトくん……」


 わたしの背中を押してくれたあの日以来、ハクトくんはもう夢に出てくることはなかった。

 弟の幸せを祈り、願い、わたしのことまで救ってくれた偉大な人。


 もし叶うのならば、この世界の彼を見てみたかった。


 ベンチに座ったまま、視線を落とす。

 しんみりとした気分になっていると、ふと、となりに影を感じた。


 ウッディ系の落ち着いた香り。

 好きな人に酷似した香りと雰囲気が、風にのってわたしに届く。


「せん……っ」


 思わず言葉が止まる。

 そこにいたのは、先輩に似ているけれど、全く違う誰かだった。


 薄茶色の髪が静かに風に揺れ、あたたかなまなざしは、まっすぐにわたしを見つめている。輪郭がぼやけていて、今にも消えそうな儚さを纏う彼。


「……ハクトくん」


 きっと彼が高校生だったら、この姿になっていたに違いない。

 そう確信できる何かがあった。


 伝えなきゃ、彼にも。
 たくさんの想いと感謝がある。


「わたしのこと、助けてくれて……救ってくれて、ありがとう。居場所を作ってくれて、ありがとう。背中を押してくれて、応援してくれて、ありがとう」


 もっとたくさんのありがとうがある。

 彼がわたしと先輩に与えてくれた優しさは計り知れない。


「わたしね……夢、見つかったよ」


 将来やりたいことが見つからなくて、高校にきた意味すら分かっていなかった。

 何をやってもうまくいかなくて、毎日死にたいと嘆きながら、そんな勇気が出なくて苦しい日々を過ごしていた。


 けれどそんな自分でも、こうして前を向くことができた。

 自分を変えることができるのは自分だけだけれど、自分を救ってくれるのは自分だけではない。


 他の人と関わり合い、支えられて、もう一度立ち上がることができる。


 だってもともと立っていたのだから。
 自分の足で立つ力を、本来は持っているのだから。


 歩みだすのではなく、その前段階、『立ち上がる』ための手助けがしたい。
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