四月のきみが笑うから。
 駅に着くと、電車はすでに到着していた。駅員さんに定期を見せるという田舎ならではであろう動作の後、空色の電車に乗り込む。

 いつもと同じく、車内は人で溢れかえっていた。いくら田舎とはいえど、通勤通学ラッシュは車内の密度が高くなる。

 自分もその通勤通学ラッシュの一員なのだから仕方がない、とため息が出そうになるのをぐっと堪えて、ドアのそばにある手すりにつかまった。まもなくして、聞き慣れたアナウンスの後、電車が動きだす。

(先輩もこの電車に乗ってるのかな)

 普段はわたしが気づいていないだけで、もしかしたら毎日同じ車両に乗っていたのではないか。そんな淡い希望を胸に抱きながらあたりを見回してみたけれど、先輩の姿はどこにもなかった。

 今度こそ、我慢していたはずのため息が落ちる。それと同時に、視線も足元に落ちた。電車の上下の揺れだけが足に伝わってくる。
 どんよりと気持ちが沈みかけたそのとき。

『じゃあ明日からはできるだけ窓の外を眺めることだな。足なんかを見るよりずっといい』

 ふいに先輩の言葉がフラッシュバックして、思わず顔が上がる。そしてそのまま、流れるように視線が窓の外へと吸い寄せられた。

「……わ、っ」

 雲ひとつない青空。それがどこか寂しいと感じてしまうほど、わたしを包む空には青だけが広がっていた。

 わたしは毎日この景色を見ないで、くすんだ色をした床だけを見ていたのだ。
 なんてもったいないことをしていたんだろう。

(気づけてよかった)

 もし先輩と出会わなかったら、わたしの通学は霞んだ色で染められていたのかもしれない。毎日毎日電車に揺られながら、彩りあるものに目を向けず、高校生を終えていたのかもしれない。

 世界が色づくきっかけは、ほんのささいな意識の変化。


 きっかけをくれたのは、他の誰でもない、先輩だった。


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