四月のきみが笑うから。
 まだ静かな校舎に出迎えられ、心の中で学生のスイッチを入れた。面倒なことだけれど、わたしはこうしてスイッチを切り替えないと環境にうまく対応できない。急な変化や予定外の出来事は苦手だ。そのときはなんとか笑えていても、あとからその反動がきてしまう。


 まだ誰もいない教室に鞄を置き、それからいつものように中庭へ出た。最近習慣になりつつある、花壇の世話をするためだ。

「今日も綺麗に咲いてるね」

 声をかけながら根元に水をやる。少し前まで枯れそうだったのに、やはり生き物の生命力は馬鹿にはできない。


 本来であれば花壇の水やりは委員会が行うべきだけど、前に土と花の状態を見た限り、まったくと言っていいほどに手入れされていなかった。

 余計なことかもしれないと思いつつ、枯れていくのをただみることもできなくて、毎朝こうして観察にきているのだ。


 完全に枯れてしまう前に気づけてよかった。萎れている状態だったから、なんとか復活させてあげることができた。さすがに天然の雨だけで生き延びることは難しいだろう。


(せっかくこんなに広い花壇なのに、咲かないともったいないよね)


 赤、青、オレンジ、黄色。春を彩る花々が上を向いて笑っている。それらを見ていると、自然と笑みが洩れた。

「わたしもいつか、咲けるといいなあ」

 そう言葉にしてから、慌てて周囲に人がいないか確認する。無意識は何よりの本心。だから正直に吐き出せばいいのだけれど、それでも人に聞かれるのはできるだけ避けたいところだ。

 あたりを見回して、わたしひとりだけだったことに安堵する。

「……そろそろ時間かな」

 用具入れにじょうろを戻して教室に戻るころには、もう多くのクラスメイトの喧騒で包まれていた。


(また今日も始まる)


 逃げられないこの空間が大嫌いだ。逃げてしまいたいのに、見えない何かで縛られている。


 わたしはげんなりしながらゆっくりと息を吐きだして、息苦しい世界へと飛び込んだ。

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