四月のきみが笑うから。


 ────今日も会えるだろうか。
 昨日の今日にそんな期待はしてはいけないと分かっているのに、心のどこかで思うのを止められない。駅に向かう足が無意識のうちに速くなってしまう。

 帰りのホームルームが終わるなり、できるだけ無駄な動きを省いて駅に直行する。


(期待したらだめ)


 そうやって意味もなく期待して、いつだって落胆してきた。だから今回だって期待してはいけない。何度も自分に言い聞かせて足を進める。


 駅に向かうまでの道に咲いている桜が、ピンク色の風とともに出迎えてくれた。桜並木を見上げながら春を吸い込んで歩く。悪口や陰口で濁った心ですら、美しい桜に浄化されていくような気がした。

 前に視線を戻すと、それと同時に足が止まる。桜よりももっとわたしの視線を惹きつけるもの……ひと(・・)が、いたのだ。


「せん……っ」


 ふと出そうになった声は喉元で消えた。風にのって、はらはらと桜が舞う。この瞬間だけ時が止まっているかのような、世界に彼とわたししか存在していないような、そんな錯覚に陥ってしまう。


(なんて綺麗なひと)


 ここまで桜が似合う人をわたしは知らない。

 さらさら、さらさら。

 手を伸ばして花弁に触れようとする彼は、儚く柔らかい表情をしていた。こぼれる桜が先輩の頭にひらりと着地して、淡いピンク色を添える。息をするのも忘れて、わたしはただひたすら、絵画のような瞬間を目に焼き付けていた。


 忘れないように。この美しさがいつまでも色褪せることなく、記憶に刻まれるように。


 そのとき、透き通った瞳がスッと流れて、立ち止まっているわたしを捉えた。思わず視線を逸らしてしまう。桜を映した目でわたしを見ないでほしい。あんなに綺麗なものの次だと、余計に廃れて見えてしまうだろうから。


「瑠胡! そんなとこで何してんだよ」


 そろりと視線を戻すと、小さく首を傾げてこちらを見る先輩と再び目が合った。トクン、とわけの分からない音がかすかに鳴ったような気がして、胸元を手で押さえる。


(名前……覚えててくれたんだ)


 たったそれだけのことがたまらなく嬉しかった。自然と口許が緩むのを自覚する。
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