四月のきみが笑うから。
「先輩……!」

 手招きする先輩に駆け寄る。ふわりと桜の香りが鼻腔をくすぐった。


「花びら、ついてます」

「うそ、どこ?」

「左のほう。もう少し、あ、それはいきすぎです」


 なかなかとれずに何度も髪を触る先輩。

 そのようすが、クールな顔と合わないほど可愛くて、つい笑みが洩れてしまう。


「先輩、少しかがんでください」


 不思議そうな顔をしつつ、膝を折った先輩に一歩近寄って、少しだけ背伸びをする。


「失礼しますね」

「おう……さんきゅ」

「いえ」


 取った花びらから手を離すと、風にのってひらりと飛んでいった。白い花びらが、儚く舞っていく。


「たぶん、こういうのって逆なんだろうって思うけど」

「……何がですか?」

「いや、なんでもない」


 誤魔化すように笑った先輩は、わたしの顔を覗き込んだ。わたしの表情を確認して、それからにっと笑顔になる。


「今日は泣いてないじゃん。頑張ったな」

「……いつも泣いてるわけじゃ、ないです」


 まるでわたしが毎日泣いているとでも言うような物言いに、ふいと視線を逸らすと「拗ねるなって」と額を軽く弾かれる。
 そんなものにすら心臓が狂いそうになってしまう今日のわたしは、どこかおかしい。


「今日は早い時間で帰れるっぽいな」

「ですね」


 駅のベンチに並んで座る。
 電車がくるまでまだ少し時間がある。たたずむわたしたちの頰をぬるい風が撫でた。


「今日はどうだった?」


 おもむろに先輩が口を開く。


「楽しかったです」


 端的に答えると、先輩の眉間にしわが寄る。

 嘘をつくな、というような鋭い視線が向けられて、ドキリと心臓が冷たい音を立てた。


「本当は?」

「……あまり」


 もう正直に言うことにした。
 どう足掻いたところで、この人にはすべて見破られてしまう、そんな気がした。

 いくら隠そうとしても、結局無意味なことなのだろう。
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