四月のきみが笑うから。
「愛、なんて……くだら、ない」


 所詮戯れ言。自分で思っておきながら、自分自身がなによりも否定している。一歩、一歩と地面を見下ろしながら足を進める。少し視線を上げた瞬間、ぐわん、と視界が揺れた。鈍器で何度も頭を殴られているような衝撃と、全身を取り囲む異常なほどの暑さ。


 カーンカーンと踏切の音が遠くでくぐもるように聞こえてくる。否、聞こえるというよりは、靄がかかったような薄さで耳に届くと言ったほうが正しいかもしれない。


「……いそが、ないと」


 鉛のように重たい身体を引きずるようにして、駅のホームに入る。果たして、空気はこんなに薄かっただろうか。肺に入り込んでくる酸素は、ここまでわたしの胸を圧迫させるものだっただろうか。

 額に汗が滲む。じわりと涙が浮かぶ目を動かして右を見ると、こちらへ向かってくる電車が小さく見えた。

 ホームには誰もいない。田舎の無人駅、そして学生たちは部活動に励む午後四時三十分。


 そんな世界に、わたしたった一人だけ。



「っ、はぁ……」


 肩で息をしながら、荷物を肩にかけ直した時だった。無意識のうちに唇が震えて、足がよろめく。ぐらりと身体が傾く感覚だけがわたしを支配する。

 足に力が入ることはなく、ただ流れに身を任すように、まるであらかじめ決まっていた運命に従うように、気付けばレール側に身体を倒していた。あまりにも一瞬の、信じられないほど短い出来事だった。



────ああ、死ぬんだ。わたし。



 斜めに映る景色は、夕暮れに染まるあたたかい色。そんな光の中で思ったのは、ただそれだけだった。


 不可抗力なら仕方がなかった。
 ひとりの人間を殺すことは莫大なエネルギーが必要だ。それは自分を殺めるという点でも同じこと。自殺するにも、体力とエネルギーが要る。けれどそれが不幸な事故だったとすれば。体調不良で、防ぎようのないものだったとすれば。


 そしたらきっと、わたしの自殺も仕方のないこと(・・・・・・・)だ。


 あれほど怖かったはずの死は、いざ前にしてみるとあまりにもあっけないものだった。スローモーションのような視界も、あと数秒後には真っ暗になっているはずだ。


 さようなら、残酷なほど綺麗で汚い世界。
 もしも来世があるとするならば────わたしは"普通"になりたい。


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