四月のきみが笑うから。
「────っ!!」
ちょうど向こうから曲がってきた人と衝突し、わたしは声を上げられないままその場に倒れ込んだ。その拍子に、抱えていた資料集が床に散らばる。
ジンジンとぶつかった箇所が響いて痛い。立てずにうつむいていると、「悪い、大丈夫か?」と低い声がした。
先ほどの衝撃の大きさでもだいたい予想はしていたけれど、やはりぶつかったのは男性だったらしい。そろりと視線を上げると、いかにも運動部というたくましい体格をした男性が、こちらに手を差し伸べていた。
屋外競技なのだろうか、よく日に焼けている。その横にはスポーツバッグを肩から下げた、長めの髪の男性がもう一人いて、困ったように眉を寄せていた。
ちらりと足元を見ると、靴のラインの色が赤色だったため、彼らは三年生なのだとすぐに理解できた。それと同時に、「こわい」という感情が波のように一気に押し寄せてくる。
なかなか手をとらないわたしに首を傾げた色黒の彼は、「どこか怪我したのか」と訊ねてくる。返事しなければならないことは分かっているのに、唇が震えて何も言えなかった。
(結局わたしは何も変われていない)
少しずつでも、自分の気持ちを吐露することができるようになっていると思っていた。先輩と出会って、ほんのわずかでも自分は変わり始めていると思っていた。
けれど、それはすべて勘違いだった。残ったのは、変われていないという事実だけ。
「だいじょう、ぶ……です」
なんとか絞って出した声は、ひどく掠れていて言葉になっていたのかどうかも分からない。果たして彼に届いたのか、そんなことを考える余裕すらわたしにはなかった。
いつまでもわたしのために彼らの時間を使わせるわけにはいかない。その一心で使ってしまった「大丈夫」に、胸が締め付けられたように苦しくなる。
『瑠胡はいま大丈夫じゃない。だから嘘つくな、ありのままでいい』
やはりわたしは先輩の前でないと自分の気持ちを口に出せない。救いを求めることができない。はやく先輩に会いたい。
彼に会って話がしたい。