四月のきみが笑うから。
「……っぶねぇ…!!」
すぐにでも切れそうな意識のなかで、叫ぶような声が聞こえたのと強く腕が引かれたのはほぼ同時。
何が何だか分からないまま、視界が真っ暗になるなかで鼻腔をつく樹木のような香り。
ズクン、と今まで経験したことのない心臓の音が響いた。
ドキドキとか、トクトクとか、そんな言葉では形容できない、なんとも言えない響きだった。
ただひとつ分かるのは、わたしは自殺に失敗したということ。
それも、不慮の事故に見せかけた、自分を殺す行為に。
その証拠に、わたしの心臓は今もなお鼓動を止めていない。
むしろ時間が経てば経つほど、心音を速めるように早鐘を打ちはじめている。
「どうした」
頭上から声が降ってくる。
低くて掠れているのに、ひどく落ち着く声だった。
ひとつひとつの音を、ばらつきなく綺麗に繋げたような声は、柔らかな音でわたしの耳に落ちてくる。
そこでようやくわたしは誰かに抱きしめられているのだと気が付いた。
それも、おそらく男性に。
数秒の沈黙の後、ゆっくりと身体が離れる。明るくなった視界に映ったその顔は、思わず息を呑むほど美しいものだった。
特に、瞳が。
夜を控えた空を溶かしたような、そんな青みがかった澄んだ目は、綺麗なんて単純な言葉で言い表せないほど、わたしの心を鷲掴みにして離してくれなかった。
キイ────と甲高い音を上げて電車がとまる。アナウンスと同時にドアが開き、なかのようすがちらりと見えた。
この時間に、この駅に降りる人はほとんどいない。少なくとも、わたしは今まで見たことがなかった。
今日も人が降りる気配はない。つまり、今この時間はわたしたちが乗車するためだけにあるということだ。
ここにいる何十人もの時間を、わたしのために使っている。そう理解すると同時に、再び猛烈な吐き気が襲ってくる。
一向に乗ろうとしないわたしたちを、運転士が不思議そうな顔で見つめていた。