四月のきみが笑うから。
「とりあえずそこ座れ」


 ホームに設置されている小さなベンチに腰掛けるよう促される。動かなければならないことは分かっているのに、石のように固まってしまった足を自分ではどうしようもできなくて、その場で立ちすくむ。そんなわたしを一瞥した彼は、辟易したようにため息を洩らし、わたしの腕を引いてベンチに座らせた。


 涙が乾いた後の変な感覚が頬に残っている。もう涙は出ていないのに、まだ伝っているように感じてしまうのは、これまで幾度となく流してきたせいかもしれない。わたしはきっと、気づけば泣いている、という状況に慣れすぎてしまったのだと思う。

 うつむいていると、ガコン、と何かが落ちる音がした。


「ん」


 目の前に透明なペットボトルが差し出される。そろりと視線を上げると、先ほどの彼が無言でこちらを見下ろしていた。そこでようやく、さっきのガコンという音は、彼が自販機で水を買った音だったのだと理解する。


 受け取ってもいいのだろうか。あいにく今日は小銭を持っていない。お金を返すことができないことに罪悪感を抱いて、受け取ることを躊躇してしまう。すると彼は困ったように眉を寄せて、ベンチの空いている部分に腰をおろした。


「これ飲んで、気持ち落ち着けろ。さっき泣いた分、水分摂取しねえと干からびるぞ」


 やや強引にペットボトルを押し付けられ、反射的な動作の一環で受け取ってしまう。ここまでされては、飲まないのもさすがに悪い気がして、キャップをとって液体を喉に流し込む。ほどよい冷たさが乾ききった喉を潤し、それと同時に少しばかりの余裕を心に生んでくれた。

 ふ、と息が洩れる。
 頭痛と吐き気はいつのまにか消えていた。
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