四月のきみが笑うから。

 同じようにビーナスベルトを見つめ、さらさらと髪を揺らす先輩が、視線を逸らさずわたしに問いかけた。


「ブルーモーメントって知ってるか」

「ブルー、モーメント?」

「そう。俺はそれがいちばん好き」


 どんな景色なんですか、と。

 今までのわたしならきっと迷わず訊いていただろう。


 けれど今なら次に何を言うべきか、自分が何を言いたいのか、わかる。

 意識しなくても、自然と言葉が溢れていた。



「先輩と一緒に見たいです。ブルーモーメント」



 その瞬間先輩の顔がほころび、あたりが優しい光に包まれた。

 足に触れる冷たい水と身体中の熱のせいで、ふわふわと浮いているような不思議な感覚になる。先輩の頰はほんのりピンク色に染まっていた。


 それはきっとビーナスベルトのせいなのだと。周りの景色が先輩に溶け込んでいるだけなのだと。

 勘違いしそうになる自分を必死に説得する。


「約束な」


 細くて長い指が差し出された。

 驚くほど白くて、少しだけ骨張った手。


 その手を見るたび「琥尋先輩だ」と、わけのわからないことを思ってしまうわたしはきっと手遅れ。

 跳ねる鼓動を抑えて、同じように小指を差し出す。
 

「ふふっ、子供みたい」

「まだ子供だからしょうがねーだろ」

「次誕生日が来たら成人ですね、先輩」

「あと三ヶ月……ってとこかな」


 指を絡めあったまま、そう会話をして笑い合う。


(ブルーモーメントを見る、そのときまで。あと少しだけ、一緒にいたい)


 まだ引き返せる、そのときまで。

 もう少しだけでいいから、この夢に甘えさせて。


 それで最後にする。
 すべて、なかったことにするんだ。



 海で交わされた桃色の約束を、あたたかい光が静かに包み込んでいた。


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