藤間くんは、初恋をこじらせている
藤間くんは意地悪
○小鳥遊家(朝)
うららかな春の日。
莉子(新学期初日から遅刻するなんてシャレにならない!)
制服姿の小鳥遊 莉子が二階に続く階段を駆け上がり、理人の部屋のドアをノックして中に入る。
莉子の身長は百五十七センチ。童顔で学校のときは肩下まである髪をひとつに束ねている。
○同・理人の部屋
莉子「理人、朝だよ。起きて」
うつ伏せで眠る小鳥遊 理人の体を莉子が盛んに揺らす。
理人の身長は百七十三センチ。男子にしては線が細く、癖のあるマッシュヘアがトレードマーク。
理人「ん……。今何時?」
莉子「七時半」
理人「はぁ? なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ」
ベッドから勢いよく飛び起きる理人を見て、莉子は不満そうに唇を尖らせる。
莉子「何度も起こしたよ。いい加減、ひとりで起きられるようになってよね」
理人「仕方ねえだろ。朝弱いんだから。あ~、マジで遅刻する!」
理人は制服に着替えるためにパジャマを脱ぐ。その胸には痛々しい大きな傷跡が残っている。
双子の莉子と理人は、同じ学校に通う高校二年生。
残業が多い両親に代わって、姉の莉子が家事全般を一手に引き受けている。
莉子(料理や洗濯よりも、理人を起こすのが一番大変なんだよね……)
理人の部屋から出た莉子が、小さくため息をつく。
○莉子と理人が利用している最寄り駅のホーム
莉子と理人が階段を上がると、電車が到着するのを待っているひとつ年上の池田 駿也に気づく。
莉子(あっ、駿君だ!)
笑みを浮かべて駿也に駆け寄る。
駿也の身長は百七十八センチ。サッカー部のキャプテンで、笑顔がまぶしい健康的な塩顔イケメン。
莉子と理人と駿也の三人は、家が近所で幼なじみ。小中高と同じ学校に通っている。
莉子「駿君! おはよう」
駿也「おはよう。理人もおはよう」
理人「おはよう」
あくびをしながら挨拶をする理人を見て、駿也がクスッと笑う。
莉子「今日は朝練ないんだね」
駿也「始業式だからね」
莉子「そっか」
他愛ない話を交わしていると、電車が到着する。
○電車内
隣駅に到着した電車に、莉子と理人と同じ年の藤間 晴輝が乗り込んでくる。
晴輝の身長は百八十三センチ。切れ長の瞳と通った鼻筋が目を引くイケメンで、前髪がやや長めの黒髪が特徴。
女子生徒①「キャッ! 藤間君だ!」
女子生徒②「相変わらずカッコいいよね」
同じ車両に乗り合わせた女子生徒たちから歓声があがる。
背が高くてイケメンなうえに、頭のいい晴輝は校内ではちょっとした有名人だ。
理人「よっ!」
晴輝「おう」
理人の隣に晴輝が並ぶ。
ふたりが挨拶を交わしても、晴輝から一番離れている莉子は、駿也との話に夢中でその存在に気づかない。
晴輝「誰?」
理人「幼なじみの駿也君。サッカー部のキャプテンで莉子の初恋相手」
晴輝「……」
晴輝はつり革に掴まり、体を前に傾けて莉子の様子を覗き込む。
楽しそうに笑う莉子の様子を見て、晴輝はムスッとした表情を浮かべる。
○学校・昇降口前
駿也「じゃあ俺はあっちだから」
莉子「うん。またね」
学年が違う駿也と別れてクラス分けを確認しようとすると、背後から声をかけられる。
沙良「莉子! おはよう」
一年のときに同じクラスになり、仲良くなった奥野 沙良の身長は百六十センチ。丸みを帯びたボブスタイルが似合う女子。
莉子「おはよう。クラス分け見た?」
沙良「まだ。今年もまた同じクラスだといいね」
莉子「うん」
期待と不安を胸に、莉子と沙良は張り出されたクラス分けに視線を向ける。
莉子「あっ、理人は一組だ」
沙良「本当だ」
莉子と沙良が、引き続きクラス分けを見つめる。
沙良「私、三組だ」
莉子「あっ! 私も! 同じクラスになれてよかった!」
喜びの声をあげ、お互いの手を取り合ってピョンピョンと飛び跳ねる。その拍子に男子生徒の背中に、莉子の肩がトンとぶつかる。
莉子「ご、ごめんなさい」
動きを止めて頭を下げた莉子の目に、晴輝の姿が飛び込む。
晴輝「……はしゃぎすぎ」
莉子(ぶつかったのって、藤間君だったんだ)
莉子の脳裏に、晴輝と初めて会ったときの記憶がよみがえる。
○(回想)大学病院内(午後) 莉子と理人が中学一年生の夏休み
心臓外科の診察室内で、レントゲン写真を見つめていた医師がイスに座る莉子に向き直る。その白衣の胸ポケットには『藤間』というネームプレートが。
医師「術後の経過は良好だよ。この調子だと予定通り来週末には退院できるから、ご両親にもそう伝えてくれるかな?」
理人は先天性の心臓欠陥があり、幼い頃から手術と入退院を繰り返している。
莉子「はい。ありがとうございます」
医師の説明を聞いた莉子が、ホッと胸をなで下ろす。
○同・廊下
莉子(夏休み明けから通学できるって先生も言っていたし、本当によかった)
軽い足取りで病室に向かう莉子の目に、談話室で理人が見知らぬ男子から勉強を教わっている光景が飛び込む。
莉子(理人より体が大きいし声も低いから年上に見えるけど、いったい誰なんだろう)
○同・談話室内
莉子「こんちには」
男子「……えっ?」
談話室に入って声をかけたものの、男子は目を丸くして理人と莉子を交互に見つめている。
理人「驚かせて悪い。俺たち双子なんだ」
男子に事情を説明した理人がニコリと笑う。
莉子「はじめまして。理人の姉の小鳥遊莉子です」
晴輝「どうも。藤間晴輝です」
莉子(えっ? 藤間って……)
名前を聞いた莉子が、晴輝の顔を食い入るように見つめる。
理人「俺、中学に入学してから授業についていけなくなっただろ? だから夏休みが終わっても学校に行きたくないって藤間先生に弱音吐いたら、同じ年の息子がいるから一緒に勉強するといいと言って紹介してくれたんだ」
莉子「そうだったんだ」
『藤間先生』とは理人の主治医で、莉子もついさっき診察室で退院の話を聞いたばかりだ。
莉子(そう言われれば、切れ長の目が藤間先生とよく似ているかも)
藤間先生の顔を思い浮かべながら、晴輝を見つめる。
晴輝「俺は塾があるからこれで帰るよ。またな」
莉子から視線を逸らし、テーブルに広げた参考書やノートをリュックにしまった晴輝がイスから立ち上がる。
理人「ああ。サンキュ」
ペコリと頭を下げて談話室から立ち去る晴輝に、莉子もお辞儀を返す。
(回想終了)
○学校・昇降口前
勉強を教えてもらったことがきっかけで、理人と晴輝は仲良くなった。けれど莉子は、晴輝と顔を合わせれば挨拶をする程度で、それほど親しくない。
莉子「お、おはよう」
晴輝にぶつかってしまった気まずさを胸に改めて挨拶をすると、理人が口を挟んでくる。
理人「今頃? 電車も同じ車両だったし、駅から学校まで莉子のうしろを歩いていたんだぜ」
莉子「えっ、本当に? 気がつかなくてごめんね」
小さく肩をすくめる莉子を見て、晴輝は小さくため息をつく。
晴輝「ちなみに俺も三組だから」
莉子「そうなんだ。これからよろしくね」
晴輝「……ん」
莉子に背中を向けた晴輝が緩む口もとを隠すようにうつむき、校舎に向かって歩き出す。
那美(小鳥遊さんか……)
莉子と晴輝のやり取りを、渡辺 那美が不満そうな表情を浮かべて遠巻きに見つめる。
那美の身長は百六十三センチ。ふわりとした茶色い長髪とクルリと上向いたまつげが特徴的な、少し派手めな女子。
○同・二年三組の教室内(HR中)
始業式と自己紹介が終わった後。教室に担任の声が響く。
担任「じゃあ、早速だがクラス委員を決めるぞ。立候補はいないか?」
クラスメイト「……」
担任「推薦でもいいぞ」
クラスメイト「……」
莉子(クラス委員なんて誰もやりたくないし、人に押しつけるのも嫌だよね)
担任「決まるまで帰れないぞ」
男子生徒①「マジかよ」
男子生徒②「俺、午後一でバイトだから早く帰りたいんだけど」
斜めうしろの席の男子が、小さな声で会話を交わす。
莉子(私も早く帰って、タイムセールの玉子とキャベツを買いたいんだけどな)
今朝見た近所のスーパーのチラシを思い浮かべていると、まさかの言葉が耳に届く。
那美「小鳥遊莉子さんを推薦します」
莉子「……へっ?」
中央の列の前から二番目の席に座る莉子が振り返ると、窓際の後ろの席の那美と目が合う。
莉子(一度も話したことがないのに、なんで私を?)
視線に気づいた那美がプイッと横を向く。
担任「ほかに立候補や推薦はないか?」
クラスメイト「……」
担任「それならクラス委員は小鳥遊で決まりだな」
パラパラと拍手が起きる中、莉子が慌てて立ち上がる。
莉子「私、バイトもしているし家のことも手伝わなくちゃならなくて、クラス委員なんてできません」
女子生徒①「バイトなら、私だってしてるけど」
女子生徒②「忙しいのはみんな同じだよね」
背後から女子生徒たちがヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
莉子(これ以上反発してひんしゅくを買ったら、陰でなにを言われるかわからない。クラス替えしたばかりで、仲間はずれになるのは絶対に嫌だ)
莉子「……やっぱりクラス委員やります」
担任「そうか。よろしく頼むな」
莉子「はい」
小さなため息をついてイスに座る。
○同・教室内(放課後)
帰りのHRが終わると同時に、那美のもとに向かう。
莉子「渡辺さん。ちょっといい?」
那美「なあに?」
帰り支度を整えていた那美が首をかしげる。
莉子「どうして私をクラス委員に推薦したの?」
那美「小鳥遊さんってしっかりしていて、頼れる感じがしたんだよね。クラス委員の仕事は大変だと思うけど、手伝えることがあったら協力するから遠慮なく言ってね」
那美はふわりとした髪を揺らしてニコリと笑う。
莉子「ありがとう」
那美「じゃあ、また明日ね」
莉子「うん。またね」
教室から出ていく那美を、手を振って見送る。
莉子(渡辺さんって優しいな。いい友だちなれるかもしれない)
口もとに笑みを浮かべ、ほっこりした気分で自分の席に戻る。すると鞄を肩にかけ、ポケットに手を入れた晴輝が近づいてくる。
晴輝「お人好し」
莉子「っ!」
すぐ脇を通り過ぎていく晴輝の冷ややかなまなざしに萎縮してしまい、言葉に詰まる。
莉子(理人の親友だから悪く言いたくないけど、藤間君ってすごく意地悪だ)
怒りに肩を震わせて、教室から出ていく晴輝のうしろ姿を見つめる。
うららかな春の日。
莉子(新学期初日から遅刻するなんてシャレにならない!)
制服姿の小鳥遊 莉子が二階に続く階段を駆け上がり、理人の部屋のドアをノックして中に入る。
莉子の身長は百五十七センチ。童顔で学校のときは肩下まである髪をひとつに束ねている。
○同・理人の部屋
莉子「理人、朝だよ。起きて」
うつ伏せで眠る小鳥遊 理人の体を莉子が盛んに揺らす。
理人の身長は百七十三センチ。男子にしては線が細く、癖のあるマッシュヘアがトレードマーク。
理人「ん……。今何時?」
莉子「七時半」
理人「はぁ? なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ」
ベッドから勢いよく飛び起きる理人を見て、莉子は不満そうに唇を尖らせる。
莉子「何度も起こしたよ。いい加減、ひとりで起きられるようになってよね」
理人「仕方ねえだろ。朝弱いんだから。あ~、マジで遅刻する!」
理人は制服に着替えるためにパジャマを脱ぐ。その胸には痛々しい大きな傷跡が残っている。
双子の莉子と理人は、同じ学校に通う高校二年生。
残業が多い両親に代わって、姉の莉子が家事全般を一手に引き受けている。
莉子(料理や洗濯よりも、理人を起こすのが一番大変なんだよね……)
理人の部屋から出た莉子が、小さくため息をつく。
○莉子と理人が利用している最寄り駅のホーム
莉子と理人が階段を上がると、電車が到着するのを待っているひとつ年上の池田 駿也に気づく。
莉子(あっ、駿君だ!)
笑みを浮かべて駿也に駆け寄る。
駿也の身長は百七十八センチ。サッカー部のキャプテンで、笑顔がまぶしい健康的な塩顔イケメン。
莉子と理人と駿也の三人は、家が近所で幼なじみ。小中高と同じ学校に通っている。
莉子「駿君! おはよう」
駿也「おはよう。理人もおはよう」
理人「おはよう」
あくびをしながら挨拶をする理人を見て、駿也がクスッと笑う。
莉子「今日は朝練ないんだね」
駿也「始業式だからね」
莉子「そっか」
他愛ない話を交わしていると、電車が到着する。
○電車内
隣駅に到着した電車に、莉子と理人と同じ年の藤間 晴輝が乗り込んでくる。
晴輝の身長は百八十三センチ。切れ長の瞳と通った鼻筋が目を引くイケメンで、前髪がやや長めの黒髪が特徴。
女子生徒①「キャッ! 藤間君だ!」
女子生徒②「相変わらずカッコいいよね」
同じ車両に乗り合わせた女子生徒たちから歓声があがる。
背が高くてイケメンなうえに、頭のいい晴輝は校内ではちょっとした有名人だ。
理人「よっ!」
晴輝「おう」
理人の隣に晴輝が並ぶ。
ふたりが挨拶を交わしても、晴輝から一番離れている莉子は、駿也との話に夢中でその存在に気づかない。
晴輝「誰?」
理人「幼なじみの駿也君。サッカー部のキャプテンで莉子の初恋相手」
晴輝「……」
晴輝はつり革に掴まり、体を前に傾けて莉子の様子を覗き込む。
楽しそうに笑う莉子の様子を見て、晴輝はムスッとした表情を浮かべる。
○学校・昇降口前
駿也「じゃあ俺はあっちだから」
莉子「うん。またね」
学年が違う駿也と別れてクラス分けを確認しようとすると、背後から声をかけられる。
沙良「莉子! おはよう」
一年のときに同じクラスになり、仲良くなった奥野 沙良の身長は百六十センチ。丸みを帯びたボブスタイルが似合う女子。
莉子「おはよう。クラス分け見た?」
沙良「まだ。今年もまた同じクラスだといいね」
莉子「うん」
期待と不安を胸に、莉子と沙良は張り出されたクラス分けに視線を向ける。
莉子「あっ、理人は一組だ」
沙良「本当だ」
莉子と沙良が、引き続きクラス分けを見つめる。
沙良「私、三組だ」
莉子「あっ! 私も! 同じクラスになれてよかった!」
喜びの声をあげ、お互いの手を取り合ってピョンピョンと飛び跳ねる。その拍子に男子生徒の背中に、莉子の肩がトンとぶつかる。
莉子「ご、ごめんなさい」
動きを止めて頭を下げた莉子の目に、晴輝の姿が飛び込む。
晴輝「……はしゃぎすぎ」
莉子(ぶつかったのって、藤間君だったんだ)
莉子の脳裏に、晴輝と初めて会ったときの記憶がよみがえる。
○(回想)大学病院内(午後) 莉子と理人が中学一年生の夏休み
心臓外科の診察室内で、レントゲン写真を見つめていた医師がイスに座る莉子に向き直る。その白衣の胸ポケットには『藤間』というネームプレートが。
医師「術後の経過は良好だよ。この調子だと予定通り来週末には退院できるから、ご両親にもそう伝えてくれるかな?」
理人は先天性の心臓欠陥があり、幼い頃から手術と入退院を繰り返している。
莉子「はい。ありがとうございます」
医師の説明を聞いた莉子が、ホッと胸をなで下ろす。
○同・廊下
莉子(夏休み明けから通学できるって先生も言っていたし、本当によかった)
軽い足取りで病室に向かう莉子の目に、談話室で理人が見知らぬ男子から勉強を教わっている光景が飛び込む。
莉子(理人より体が大きいし声も低いから年上に見えるけど、いったい誰なんだろう)
○同・談話室内
莉子「こんちには」
男子「……えっ?」
談話室に入って声をかけたものの、男子は目を丸くして理人と莉子を交互に見つめている。
理人「驚かせて悪い。俺たち双子なんだ」
男子に事情を説明した理人がニコリと笑う。
莉子「はじめまして。理人の姉の小鳥遊莉子です」
晴輝「どうも。藤間晴輝です」
莉子(えっ? 藤間って……)
名前を聞いた莉子が、晴輝の顔を食い入るように見つめる。
理人「俺、中学に入学してから授業についていけなくなっただろ? だから夏休みが終わっても学校に行きたくないって藤間先生に弱音吐いたら、同じ年の息子がいるから一緒に勉強するといいと言って紹介してくれたんだ」
莉子「そうだったんだ」
『藤間先生』とは理人の主治医で、莉子もついさっき診察室で退院の話を聞いたばかりだ。
莉子(そう言われれば、切れ長の目が藤間先生とよく似ているかも)
藤間先生の顔を思い浮かべながら、晴輝を見つめる。
晴輝「俺は塾があるからこれで帰るよ。またな」
莉子から視線を逸らし、テーブルに広げた参考書やノートをリュックにしまった晴輝がイスから立ち上がる。
理人「ああ。サンキュ」
ペコリと頭を下げて談話室から立ち去る晴輝に、莉子もお辞儀を返す。
(回想終了)
○学校・昇降口前
勉強を教えてもらったことがきっかけで、理人と晴輝は仲良くなった。けれど莉子は、晴輝と顔を合わせれば挨拶をする程度で、それほど親しくない。
莉子「お、おはよう」
晴輝にぶつかってしまった気まずさを胸に改めて挨拶をすると、理人が口を挟んでくる。
理人「今頃? 電車も同じ車両だったし、駅から学校まで莉子のうしろを歩いていたんだぜ」
莉子「えっ、本当に? 気がつかなくてごめんね」
小さく肩をすくめる莉子を見て、晴輝は小さくため息をつく。
晴輝「ちなみに俺も三組だから」
莉子「そうなんだ。これからよろしくね」
晴輝「……ん」
莉子に背中を向けた晴輝が緩む口もとを隠すようにうつむき、校舎に向かって歩き出す。
那美(小鳥遊さんか……)
莉子と晴輝のやり取りを、渡辺 那美が不満そうな表情を浮かべて遠巻きに見つめる。
那美の身長は百六十三センチ。ふわりとした茶色い長髪とクルリと上向いたまつげが特徴的な、少し派手めな女子。
○同・二年三組の教室内(HR中)
始業式と自己紹介が終わった後。教室に担任の声が響く。
担任「じゃあ、早速だがクラス委員を決めるぞ。立候補はいないか?」
クラスメイト「……」
担任「推薦でもいいぞ」
クラスメイト「……」
莉子(クラス委員なんて誰もやりたくないし、人に押しつけるのも嫌だよね)
担任「決まるまで帰れないぞ」
男子生徒①「マジかよ」
男子生徒②「俺、午後一でバイトだから早く帰りたいんだけど」
斜めうしろの席の男子が、小さな声で会話を交わす。
莉子(私も早く帰って、タイムセールの玉子とキャベツを買いたいんだけどな)
今朝見た近所のスーパーのチラシを思い浮かべていると、まさかの言葉が耳に届く。
那美「小鳥遊莉子さんを推薦します」
莉子「……へっ?」
中央の列の前から二番目の席に座る莉子が振り返ると、窓際の後ろの席の那美と目が合う。
莉子(一度も話したことがないのに、なんで私を?)
視線に気づいた那美がプイッと横を向く。
担任「ほかに立候補や推薦はないか?」
クラスメイト「……」
担任「それならクラス委員は小鳥遊で決まりだな」
パラパラと拍手が起きる中、莉子が慌てて立ち上がる。
莉子「私、バイトもしているし家のことも手伝わなくちゃならなくて、クラス委員なんてできません」
女子生徒①「バイトなら、私だってしてるけど」
女子生徒②「忙しいのはみんな同じだよね」
背後から女子生徒たちがヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
莉子(これ以上反発してひんしゅくを買ったら、陰でなにを言われるかわからない。クラス替えしたばかりで、仲間はずれになるのは絶対に嫌だ)
莉子「……やっぱりクラス委員やります」
担任「そうか。よろしく頼むな」
莉子「はい」
小さなため息をついてイスに座る。
○同・教室内(放課後)
帰りのHRが終わると同時に、那美のもとに向かう。
莉子「渡辺さん。ちょっといい?」
那美「なあに?」
帰り支度を整えていた那美が首をかしげる。
莉子「どうして私をクラス委員に推薦したの?」
那美「小鳥遊さんってしっかりしていて、頼れる感じがしたんだよね。クラス委員の仕事は大変だと思うけど、手伝えることがあったら協力するから遠慮なく言ってね」
那美はふわりとした髪を揺らしてニコリと笑う。
莉子「ありがとう」
那美「じゃあ、また明日ね」
莉子「うん。またね」
教室から出ていく那美を、手を振って見送る。
莉子(渡辺さんって優しいな。いい友だちなれるかもしれない)
口もとに笑みを浮かべ、ほっこりした気分で自分の席に戻る。すると鞄を肩にかけ、ポケットに手を入れた晴輝が近づいてくる。
晴輝「お人好し」
莉子「っ!」
すぐ脇を通り過ぎていく晴輝の冷ややかなまなざしに萎縮してしまい、言葉に詰まる。
莉子(理人の親友だから悪く言いたくないけど、藤間君ってすごく意地悪だ)
怒りに肩を震わせて、教室から出ていく晴輝のうしろ姿を見つめる。
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