藤間くんは、初恋をこじらせている
裸の藤間くん
○学校・教室前の廊下(放課後)
二年三組の教室から出てきた晴輝の前に、理人が不機嫌な表情を浮かべて立ちはだかる。
理人「晴輝のクラス、ホームルーム終わるの遅くね? 待ちくたびれたぜ」
晴輝「別に待っていてくれって、頼んだ覚えはないけど」
不満げに頬を膨らませて愚痴を言う理人の脇を、晴輝はなに食わぬ顔で通り過ぎていく。
理人「おい、待てよ! 親友に向かってその態度はないだろ?」
晴輝「お前さ、人前で親友って言うのやめろよな」
後を追い駆けてきた理人に向かって、晴輝が足を止めてつぶやく。
理人「照れるなって」
晴輝「ウザッ」
理人「おい、待てって!」
あきれ顔で歩き出した晴輝を、理人が再び追い駆ける。
○同・階段
理人「一緒のクラスになれなくてガッカリだな。莉子と代わってほしいぜ」
階段を下りる晴輝の横に理人が並ぶ。
晴輝「お前の姉ちゃん、クラス委員を押しつけられていたぞ。家事をひとりでこなしているんだろ? 大丈夫か?」
理人「莉子は俺と違ってがんばり屋だから大丈夫だろ。心配しすぎじゃね?」
晴輝「……別に普通だろ」
素気なく言い放った晴輝が階段を駆け下りる。
女子生徒①「あっ、藤間君だ!」
女子生徒②「ねえ、一緒に帰ろうよ」
晴輝「俺、用事があるから。ごめん」
階段の上から声をかけてきた女子生徒たちに向かって、笑顔を作って手を振る。
理人「相変わらずモテモテだな」
晴輝「名前も知らない女子に、一緒に帰ろうと言われても困る」
真顔に戻った晴輝の口から、ため息が漏れる。
○小鳥遊家・キッチン(夜)
夕食の準備をしている莉子のもとに理人が姿を現す。
理人「おい、莉子。晴輝から聞いたけど、クラス委員になったんだって?」
莉子「うん。そうなんだ」
ロールキャベツのスープの味見をする莉子に、理人は話を続ける。
理人「あまり無理するなよ。晴輝も心配してたぞ」
莉子「えっ? 藤間君が?」
理人「ああ」
莉子(心配しているようには、見えなかったけど……)
『お人好し』と言って教室を出ていった晴輝の姿を思い浮かべていると、理人が副菜に手を伸ばす。
莉子「あっ、ちょっと! つまみ食いしないでよ」
理人「味見だよ。味見!」
莉子「もう」
少しも悪びれない理人を見て、莉子は頬を膨らませる。
○翌日 学校に続く坂道(朝)
多くの生徒が学校に向かう中、莉子も歩を進めていると晴輝が平然とした様子で隣に並ぶ。
晴輝「おはよ」
晴輝の姿を見た瞬間、昨日の帰り際に『お人好し』と言われたことを思い出す。
莉子(意地悪な藤間君は嫌いだけど、挨拶してくれたのに無視するのはよくないよね)
莉子「……おはよう」
引きつった顔で挨拶を返す。
晴輝「理人は?」
莉子「何度も声をかけたのに全然起きないから、置いてきちゃった」
晴輝「アハハッ! アイツ、朝弱いからな」
唇を尖らせて文句を言う莉子の横で、晴輝が口を大きく開けて笑う。
莉子(めっちゃウケてる)
豪快に笑う様子から目を離せずにいると、晴輝は照れたようにうつむく。
晴輝「……今朝はサッカー部のキャプテンと一緒じゃないんだな」
莉子「駿君のこと、知っているんだ」
晴輝「……まあな。初恋の相手なんだろ?」
莉子「な、な、なんで知ってるの?」
晴輝「理人から聞いた」
見る見るうちに莉子の顔が赤く染まる。
莉子「恥ずかしいから、誰にも言わないでね」
晴輝「……ああ」
莉子(もう、理人ったら、おしゃべりなんだからっ!)
赤くなっている莉子から、視線を逸らした晴輝が不機嫌そうな表情を浮かべる。
○学校・屋上(昼休み)
あぐらをかいて弁当の包みを開ける理人のもとに、晴輝が近づいてくる。
理人「またパンかよ」
隣に座り、白いレジ袋から購買のパンを取り出す晴輝を見て、理人があきれたように言う。
晴輝「俺には弁当を作ってくれる、優しい姉ちゃんはいないからな」
理人に嫌味を言って、焼きそばパンを口に運ぶ。
理人「好き嫌いするなとか、朝起きられないんだから早く寝ろとか、口うるさいだけで、莉子はちっとも優しくねえよ」
莉子の悪口を言いながら、理人は弁当の蓋を開ける。
晴輝「しかし、いつ見てもうまそうだな」
手作り弁当を食い入るように見つめる晴輝の口もとに、理人は箸でつまんだ玉子焼きを近づける。
理人「はい。おすそ分け」
晴輝「いただきます」
玉子焼きをパクリと頬張り、口をモグモグさせた晴輝が満足そうにうなずく。
晴輝「うまい」
理人「そうか? 普通じゃね?」
晴輝「お前な。早起きして弁当を作ってくれる姉ちゃんに少しは感謝しろよ」
理人「晴輝はなにかと言うと、すぐに莉子の肩を持つよな」
晴輝「別にそんなことねえよ」
食い気味に理人の発言を否定した晴輝が、ふたつ目のパンを頬張る。
○高校の最寄り駅のホーム(下校時)
授業が終わり、電車が到着するのを待っている理人に、莉子からLINEが届く。
理人「なんだよ。面倒くせえな」
内容を読んだ理人が、小さく舌打ちをする。
晴輝「どうした?」
理人「莉子から。クラス委員の集まりがあるのを忘れていたから、スーパーでカレーの材料を買っておいてくれだってさ」
晴輝「小鳥遊家の夕食はカレーか」
買い物を頼まれて不満そうな理人の横で、晴輝がつぶやく。
理人「肉とジャガイモと、玉ねぎに人参だろ。カレーの食材って重いものばかりで、俺ひとりで家まで運ぶのはしんどいな~」
わざとらしい言い方をする理人を見て、晴輝がクスクスと笑う。
晴輝「わかった。買い物に付き合ってやるよ」
理人「サンキュ。莉子の作ったカレー、結構うまいから食っていけよ」
晴輝「えっ? いいのか?」
理人「もちろん。親は何時に帰ってくるかわからないからゆっくりしていけよ。な?」
晴輝「ああ。そうさせてもらう」
緩む口もとを隠すようにうつむくと、ホームに電車が到着する。
○小鳥遊家(午後六時すぎ)
クラス委員の集まりが終わり、家に帰った莉子が玄関ドアを開ける。
莉子(お客さん?)
きちんと揃えられた靴を見て、首をかしげながら家に上がる。
○同・キッチンダイニング
莉子「ただいま」
ドアを開けた先には、隣り合わせになっているキッチンカウンター内に理人と晴輝が立っている。
莉子(藤間君がウチに来るのは初めてだ)
驚いたのも束の間、包丁を握って涙をポロポロと流している理人と、その隣で目をショボショボさせている晴輝に気づく。
莉子「どうしたの?」
理人「……コイツにやられた」
莉子が背伸びをしてキッチンカウンター内を覗き込むと、理人がまな板の上に散乱している玉ねぎを指差す。
莉子(藤間君も理人と同じように、料理はあまり得意じゃないみたい)
玉ねぎも満足にカットできないふたりの様子を見て、フフッと笑いながらキッチンに向かう。
莉子「ありがとう。あとは私がやるよ」
理人に代わって野菜を刻む。
莉子「理人が手伝いをしてくれるなんて珍しいね」
理人「晴輝に言われたんだよ。もっと家事を手伝って莉子に楽させてやれってさ」
晴輝「余計なこと言うなよ!」
莉子と理人の会話に、晴輝が慌てて口を挟む。
莉子「ありがとう。急いで作るから食べていってね」
晴輝「……ん」
肉と野菜を炒める莉子の横で、晴輝がコクリとうなずく。
晴輝「手際がいいな」
莉子「毎日作っているからね」
晴輝「そうか」
莉子(じっと見つめられると緊張するな……)
晴輝を意識しながらカレーを煮込み、サラダを作るために冷蔵庫から食材を取り出す。そして背伸びをしてシンク上の棚の扉を開けると、背後から腕を伸ばした晴輝が水切りボウルを手に取る。
晴輝「これか?」
莉子「う、うん。そう。ありがとう」
晴輝からボウルを受け取ったものの、お互いの体が触れてしまいそうな距離が恥ずかしくて目を合わせられない。
顔を赤くした莉子がうつむくと、理人がお玉でカレーをグルグルとかき混ぜる。
理人「ちょっと味が薄くないか?」
味見をして首をかしげた理人がカレールーを鍋に放り入れる。その拍子にカレーが飛び散り、晴輝のワイシャツに付着する。
莉子「ごめんね! やけどしてない?」
晴輝「大丈夫」
ワイシャツに飛び散ったカレーをふきんで拭っていた晴輝が、突然クスクスと笑い出す。
莉子「?」
晴輝「どうしてアンタが謝るの?」
莉子「えっ、だって……」
晴輝「この場合、俺に謝るのは理人だろ? な?」
晴輝は戸惑う莉子から理人に視線を移す。
理人「悪かった。ごめん」
晴輝「よくできました」
肩をすぼめて謝る理人の頭を、晴輝がクシャクシャとなでる。
莉子(藤間君が理人のお兄さんに見えるよ……)
ふたりの様子に気を取られていた莉子が、すぐに我に返る。
莉子「藤間君! シミになっちゃうから早く脱いで」
晴輝「いや、いいよ」
莉子「よくないよ。時間が経つとカレーのシミって落ちなくなっちゃうんだから早く脱いで」
理人「そうだよ。早く脱げよ」
ワイシャツを脱がせるために、理人が晴輝のネクタイに手をかける。
晴輝「わかったよ。早く脱げ脱げって、ふたりして急かすなよ」
理人の手を振り払い、晴輝がネクタイを解いてワイシャツを脱ぐ。
理人「おっ! いい体してんな」
上半身裸になった晴輝の腹筋は、ほどよく割れている。
晴輝「からかうなよ」
照れを見せた晴輝がうつむいて頭をかく。
莉子(ほんと、いい体してるよね……って、私ったらなに考えているんだろう)
晴輝の上半身に、見惚れそうになった莉子の顔が赤くなる。
莉子「理人。ふざけてないで、藤間君に着替えを貸してあげて」
理人「おう」
二階にある自分の部屋に向かうため、理人がリビングから出ていく。
莉子(上半身裸の藤間君と、ふたりきりなのはさすがに気まずい)
晴輝を変に意識してしまい、心臓がドキドキと音を立て始める。
晴輝「おい」
莉子「な、なに?」
真剣な表情を浮かべた晴輝が、莉子のもとに近づいてくる。
二年三組の教室から出てきた晴輝の前に、理人が不機嫌な表情を浮かべて立ちはだかる。
理人「晴輝のクラス、ホームルーム終わるの遅くね? 待ちくたびれたぜ」
晴輝「別に待っていてくれって、頼んだ覚えはないけど」
不満げに頬を膨らませて愚痴を言う理人の脇を、晴輝はなに食わぬ顔で通り過ぎていく。
理人「おい、待てよ! 親友に向かってその態度はないだろ?」
晴輝「お前さ、人前で親友って言うのやめろよな」
後を追い駆けてきた理人に向かって、晴輝が足を止めてつぶやく。
理人「照れるなって」
晴輝「ウザッ」
理人「おい、待てって!」
あきれ顔で歩き出した晴輝を、理人が再び追い駆ける。
○同・階段
理人「一緒のクラスになれなくてガッカリだな。莉子と代わってほしいぜ」
階段を下りる晴輝の横に理人が並ぶ。
晴輝「お前の姉ちゃん、クラス委員を押しつけられていたぞ。家事をひとりでこなしているんだろ? 大丈夫か?」
理人「莉子は俺と違ってがんばり屋だから大丈夫だろ。心配しすぎじゃね?」
晴輝「……別に普通だろ」
素気なく言い放った晴輝が階段を駆け下りる。
女子生徒①「あっ、藤間君だ!」
女子生徒②「ねえ、一緒に帰ろうよ」
晴輝「俺、用事があるから。ごめん」
階段の上から声をかけてきた女子生徒たちに向かって、笑顔を作って手を振る。
理人「相変わらずモテモテだな」
晴輝「名前も知らない女子に、一緒に帰ろうと言われても困る」
真顔に戻った晴輝の口から、ため息が漏れる。
○小鳥遊家・キッチン(夜)
夕食の準備をしている莉子のもとに理人が姿を現す。
理人「おい、莉子。晴輝から聞いたけど、クラス委員になったんだって?」
莉子「うん。そうなんだ」
ロールキャベツのスープの味見をする莉子に、理人は話を続ける。
理人「あまり無理するなよ。晴輝も心配してたぞ」
莉子「えっ? 藤間君が?」
理人「ああ」
莉子(心配しているようには、見えなかったけど……)
『お人好し』と言って教室を出ていった晴輝の姿を思い浮かべていると、理人が副菜に手を伸ばす。
莉子「あっ、ちょっと! つまみ食いしないでよ」
理人「味見だよ。味見!」
莉子「もう」
少しも悪びれない理人を見て、莉子は頬を膨らませる。
○翌日 学校に続く坂道(朝)
多くの生徒が学校に向かう中、莉子も歩を進めていると晴輝が平然とした様子で隣に並ぶ。
晴輝「おはよ」
晴輝の姿を見た瞬間、昨日の帰り際に『お人好し』と言われたことを思い出す。
莉子(意地悪な藤間君は嫌いだけど、挨拶してくれたのに無視するのはよくないよね)
莉子「……おはよう」
引きつった顔で挨拶を返す。
晴輝「理人は?」
莉子「何度も声をかけたのに全然起きないから、置いてきちゃった」
晴輝「アハハッ! アイツ、朝弱いからな」
唇を尖らせて文句を言う莉子の横で、晴輝が口を大きく開けて笑う。
莉子(めっちゃウケてる)
豪快に笑う様子から目を離せずにいると、晴輝は照れたようにうつむく。
晴輝「……今朝はサッカー部のキャプテンと一緒じゃないんだな」
莉子「駿君のこと、知っているんだ」
晴輝「……まあな。初恋の相手なんだろ?」
莉子「な、な、なんで知ってるの?」
晴輝「理人から聞いた」
見る見るうちに莉子の顔が赤く染まる。
莉子「恥ずかしいから、誰にも言わないでね」
晴輝「……ああ」
莉子(もう、理人ったら、おしゃべりなんだからっ!)
赤くなっている莉子から、視線を逸らした晴輝が不機嫌そうな表情を浮かべる。
○学校・屋上(昼休み)
あぐらをかいて弁当の包みを開ける理人のもとに、晴輝が近づいてくる。
理人「またパンかよ」
隣に座り、白いレジ袋から購買のパンを取り出す晴輝を見て、理人があきれたように言う。
晴輝「俺には弁当を作ってくれる、優しい姉ちゃんはいないからな」
理人に嫌味を言って、焼きそばパンを口に運ぶ。
理人「好き嫌いするなとか、朝起きられないんだから早く寝ろとか、口うるさいだけで、莉子はちっとも優しくねえよ」
莉子の悪口を言いながら、理人は弁当の蓋を開ける。
晴輝「しかし、いつ見てもうまそうだな」
手作り弁当を食い入るように見つめる晴輝の口もとに、理人は箸でつまんだ玉子焼きを近づける。
理人「はい。おすそ分け」
晴輝「いただきます」
玉子焼きをパクリと頬張り、口をモグモグさせた晴輝が満足そうにうなずく。
晴輝「うまい」
理人「そうか? 普通じゃね?」
晴輝「お前な。早起きして弁当を作ってくれる姉ちゃんに少しは感謝しろよ」
理人「晴輝はなにかと言うと、すぐに莉子の肩を持つよな」
晴輝「別にそんなことねえよ」
食い気味に理人の発言を否定した晴輝が、ふたつ目のパンを頬張る。
○高校の最寄り駅のホーム(下校時)
授業が終わり、電車が到着するのを待っている理人に、莉子からLINEが届く。
理人「なんだよ。面倒くせえな」
内容を読んだ理人が、小さく舌打ちをする。
晴輝「どうした?」
理人「莉子から。クラス委員の集まりがあるのを忘れていたから、スーパーでカレーの材料を買っておいてくれだってさ」
晴輝「小鳥遊家の夕食はカレーか」
買い物を頼まれて不満そうな理人の横で、晴輝がつぶやく。
理人「肉とジャガイモと、玉ねぎに人参だろ。カレーの食材って重いものばかりで、俺ひとりで家まで運ぶのはしんどいな~」
わざとらしい言い方をする理人を見て、晴輝がクスクスと笑う。
晴輝「わかった。買い物に付き合ってやるよ」
理人「サンキュ。莉子の作ったカレー、結構うまいから食っていけよ」
晴輝「えっ? いいのか?」
理人「もちろん。親は何時に帰ってくるかわからないからゆっくりしていけよ。な?」
晴輝「ああ。そうさせてもらう」
緩む口もとを隠すようにうつむくと、ホームに電車が到着する。
○小鳥遊家(午後六時すぎ)
クラス委員の集まりが終わり、家に帰った莉子が玄関ドアを開ける。
莉子(お客さん?)
きちんと揃えられた靴を見て、首をかしげながら家に上がる。
○同・キッチンダイニング
莉子「ただいま」
ドアを開けた先には、隣り合わせになっているキッチンカウンター内に理人と晴輝が立っている。
莉子(藤間君がウチに来るのは初めてだ)
驚いたのも束の間、包丁を握って涙をポロポロと流している理人と、その隣で目をショボショボさせている晴輝に気づく。
莉子「どうしたの?」
理人「……コイツにやられた」
莉子が背伸びをしてキッチンカウンター内を覗き込むと、理人がまな板の上に散乱している玉ねぎを指差す。
莉子(藤間君も理人と同じように、料理はあまり得意じゃないみたい)
玉ねぎも満足にカットできないふたりの様子を見て、フフッと笑いながらキッチンに向かう。
莉子「ありがとう。あとは私がやるよ」
理人に代わって野菜を刻む。
莉子「理人が手伝いをしてくれるなんて珍しいね」
理人「晴輝に言われたんだよ。もっと家事を手伝って莉子に楽させてやれってさ」
晴輝「余計なこと言うなよ!」
莉子と理人の会話に、晴輝が慌てて口を挟む。
莉子「ありがとう。急いで作るから食べていってね」
晴輝「……ん」
肉と野菜を炒める莉子の横で、晴輝がコクリとうなずく。
晴輝「手際がいいな」
莉子「毎日作っているからね」
晴輝「そうか」
莉子(じっと見つめられると緊張するな……)
晴輝を意識しながらカレーを煮込み、サラダを作るために冷蔵庫から食材を取り出す。そして背伸びをしてシンク上の棚の扉を開けると、背後から腕を伸ばした晴輝が水切りボウルを手に取る。
晴輝「これか?」
莉子「う、うん。そう。ありがとう」
晴輝からボウルを受け取ったものの、お互いの体が触れてしまいそうな距離が恥ずかしくて目を合わせられない。
顔を赤くした莉子がうつむくと、理人がお玉でカレーをグルグルとかき混ぜる。
理人「ちょっと味が薄くないか?」
味見をして首をかしげた理人がカレールーを鍋に放り入れる。その拍子にカレーが飛び散り、晴輝のワイシャツに付着する。
莉子「ごめんね! やけどしてない?」
晴輝「大丈夫」
ワイシャツに飛び散ったカレーをふきんで拭っていた晴輝が、突然クスクスと笑い出す。
莉子「?」
晴輝「どうしてアンタが謝るの?」
莉子「えっ、だって……」
晴輝「この場合、俺に謝るのは理人だろ? な?」
晴輝は戸惑う莉子から理人に視線を移す。
理人「悪かった。ごめん」
晴輝「よくできました」
肩をすぼめて謝る理人の頭を、晴輝がクシャクシャとなでる。
莉子(藤間君が理人のお兄さんに見えるよ……)
ふたりの様子に気を取られていた莉子が、すぐに我に返る。
莉子「藤間君! シミになっちゃうから早く脱いで」
晴輝「いや、いいよ」
莉子「よくないよ。時間が経つとカレーのシミって落ちなくなっちゃうんだから早く脱いで」
理人「そうだよ。早く脱げよ」
ワイシャツを脱がせるために、理人が晴輝のネクタイに手をかける。
晴輝「わかったよ。早く脱げ脱げって、ふたりして急かすなよ」
理人の手を振り払い、晴輝がネクタイを解いてワイシャツを脱ぐ。
理人「おっ! いい体してんな」
上半身裸になった晴輝の腹筋は、ほどよく割れている。
晴輝「からかうなよ」
照れを見せた晴輝がうつむいて頭をかく。
莉子(ほんと、いい体してるよね……って、私ったらなに考えているんだろう)
晴輝の上半身に、見惚れそうになった莉子の顔が赤くなる。
莉子「理人。ふざけてないで、藤間君に着替えを貸してあげて」
理人「おう」
二階にある自分の部屋に向かうため、理人がリビングから出ていく。
莉子(上半身裸の藤間君と、ふたりきりなのはさすがに気まずい)
晴輝を変に意識してしまい、心臓がドキドキと音を立て始める。
晴輝「おい」
莉子「な、なに?」
真剣な表情を浮かべた晴輝が、莉子のもとに近づいてくる。