藤間くんは、初恋をこじらせている
藤間くんのハグ
○学校・グランド脇（放課後）
莉子と沙良が校門に向かって歩いていると、ジャージ姿の駿也とバッタリ出くわす。
莉子「駿君！ 今から練習？」
駿也「うん。今度の土曜日に試合があるからね。莉子ちゃんが応援に来てくれるとうれしんだけどな」
駿也が腰を屈めて、莉子の顔を覗き込む。
莉子「ごめんね。土曜日はバイトなんだ」
駿也「そうか。残念」
莉子「私も残念」
白い歯を見せてニコリと微笑む駿也と莉子が笑い合う。
理人「駿也君って、莉子のこと好きなのかな」
莉子と駿也の様子を、少しうしろから見ていた理人が晴輝に尋ねる。
晴輝「さあな」
仏頂面の晴輝が投げやりな返事をする。
○数日後 学校・二年三組の教室（ＨＲ）
体育祭の出場種目が決まり、莉子と女子生徒三人が輪を作ってじゃんけんをする。
莉子「あ～！ 負けた！」
那美「女子のアンカーは小鳥遊さんに決まりね！」
その場にしゃがみ込んで頭を抱える莉子を尻目に、実行委員の那美が男女混合リレーの順番を黒板に記入する。すると、教室の後方から男子生徒の笑い声が聞こえてくる。
男子生徒「藤間、ジャンケン弱っ！」
リレーに出場する男子生徒たちは、チョキを出したまま固まっている晴輝を見て笑う。
女子生徒①「ジャンケンに弱い藤間君も、かわいくない？」
女子生徒②「カッコかわいいよね」
クラスメイトのにぎやかな声が教室内に響く。
○小鳥遊家・キッチンダイニング（夜）
莉子と理人が、ダイニングテーブルに向き合って夕食をとる。
莉子「藤間君がリレーのアンカーに決まったけど、足速いの？」
理人「速いよ。中学では陸上部のエースだったらしいし、去年は二百メートル走で一位だったしな」
莉子「へえ、そうなんだ」
莉子（そんなに速いなら、高校でも陸上部に入部すればよかったのに）
夕食を口に運びながら、考えにふける。
理人「晴輝から聞いたけど、莉子も女子のアンカーなんだってな」
莉子「うん。そうなの」
理人「莉子も晴輝もジャンケン弱すぎ」
理人がケラケラと笑う。
理人「まあ、体育祭に出られない俺の分までがんばってくれよ」
先天性の心臓欠陥があり、幼い頃から手術と入退院を繰り返している理人には運動制限がある。
莉子「うん。がんばる」
理人の言葉にうなずき、ニコリと微笑む。
○数日後 学校・二年三組の教室（昼）
女子生徒「莉子！ 大変！」
莉子と沙良が昼食を食べ終えて談笑していると、一年のときに同じクラスだった女子生徒が血相を変えて近づいてくる。
莉子「どうしたの？」
女子生徒「理人君が階段から落ちて……」
莉子「えっ？」
勢いよくイスから立ち上がり、女子生徒と沙良とともに駆け出す。
○同・踊り場
莉子「すみません。通して」
人だかりをかきわけながら歩を進めると、仰向けに倒れている理人の姿が目に飛び込む。
莉子「理人！」
晴輝「動かすな。頭を打っている」
理人に駆け寄って体に触れようとした莉子に、晴輝は冷静に声をかける。
晴輝「救急車を呼んでもらったから、直に到着すると思う」
莉子「う、うん。わかった。もしかして心臓の病気が再発したとか？」
不安そうな表情を浮かべた莉子が、晴輝に尋ねる。
晴輝「いや。階段から落ちたのはアレのせいだ」
晴輝が指をさす方に視線を移すと、そこにはバナナの皮が。
莉子「どうしてこんなところに、バナナの皮が落ちているの？」
晴輝「知らねえよ」
晴輝は苛立ったように髪をクシャリとかき上げる。
莉子「もう……。バナナの皮を踏んで階段から落ちるなんて、おっちょこちょいなんだから」
莉子の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
○同・校舎の外
ストレッチャーで運ばれる理人に付き添って救急車に乗る莉子の様子を、晴輝と沙良が心配そうに見つめる。
○病院・病室内（夕方）
ベッドの上で眠る理人に付き添う莉子のもとに、沙良と晴輝が姿を現す。
晴輝「容態は？」
莉子「脳に異常はないけど、右足首を脱臼骨折しているから入院して手術が必要だって」
晴輝「そうか。俺がついていたのに、事故を防げなくて悪かったな」
頭に包帯を巻き、ギプスで脚を固定された痛々しい姿の理人を見て、晴輝がため息をつく。
莉子「藤間君のせいじゃないよ。むしろ冷静に対処してくれて感謝している。ありがとう」
晴輝「いや……」
ペコリと頭を下げる莉子から視線を逸らした晴輝の耳が、赤く染まっていることに沙良が気づく。
沙良（もしかして藤間君って、莉子のことが好きなんじゃない？）
沙良が興味深く晴輝の様子を見つめていると、理人の瞼がピクリと動いて開く。
理人「……ここは？」
莉子「病院だよ。階段から落ちたの覚えている？」
理人「……ああ。晴輝……迷惑かけて悪かったな」
晴輝「本当だよ。まったくドジだな」
理人「痛っ！ 病人に暴力をふるうんじゃねえよ」
布団の上から体にポンと触れた晴輝に、理人が声をあげる。
晴輝「言い返せる元気があるなら大丈夫そうだな。心配して損した」
晴輝と理人が会話を交わす中、沙良は莉子の耳に口を寄せる。
沙良「藤間君と理人君って、本当に仲がいいね」
莉子「うん」
クスクスと笑っていると、病室にふくよかな体格をした女性看護師が姿を現す。
看護師「ここは病院ですよ！ 静かにしてください！」
莉子「はい！ すみません」
莉子と沙良と晴輝が、看護師の迫力に圧倒されて身を縮める。
○翌日 学校・二年三組の教室（朝）
登校した莉子のもとに、沙良が近寄ってくる。
沙良「莉子！ おはよう」
莉子「おはよう。昨日はありがとう」
沙良「ううん。今日も病院に行くの？」
莉子「うん。理人の着替えを届けにね」
紙袋を軽くかかげて沙良に見せる。
沙良「ごめん。私、今日は塾でお見舞いに行けないんだ」
莉子「そんなの気にしないでよ。バナナの皮を踏んで骨折したドジな理人のお見舞いより、塾の方が大事だから！」
力説する莉子を見て、沙良が笑っていると晴輝が登校してくる。
莉子「藤間君、昨日はありがとう」
晴輝「……お礼を言われるようなことしてないし」
莉子に冷たく言い放った晴輝が、ポケットに手を入れたまま自分の席に向かう。
女子生徒「藤間君、おはよう」
晴輝「おはよ」
女子生徒と気さくに挨拶を交わす晴輝の様子を、莉子は複雑な思いで見つめる。
莉子「私、藤間君に嫌われているみたい」
沙良「それはないよ」
苦笑いする莉子の言葉を、沙良がすぐさま否定したとき、朝のＨＲが始まるチャイムが鳴る。
沙良（藤間君って、好きな子に素気なくしちゃうタイプなんだ）
机に頬杖をついている晴輝を横目に、沙良は口もとに笑みを浮かべながら自分の席に向かう。
○同・教室前の廊下（昼休み）
午前の授業が終わり、パンを買うために教室を出た晴輝の後を莉子が追い駆ける。
莉子「藤間君！」
晴輝「なに？」
莉子「今日も購買でパンを買うの？」
晴輝「そうだけど……」
莉子「これ、口に合うかわからないけど……」
晴輝「えっ？」
差し出された紙袋を見て、晴輝は目を丸くする。
莉子「いつのも癖で理人の分までお弁当を作っちゃったんだ。捨てるのももったいないから、よかったら食べてくれないかな？」
晴輝「……ありがとう」
弁当が入った紙袋を受け取る。
莉子「こちらこそありがとう。じゃあね」
小走りで教室に戻る莉子のうしろ姿を見つめていた晴輝が、緩む口もとを隠すように手をあてる。
○同・屋上
晴輝「玉子焼きもうまいけど、から揚げも最高だな」
地面にあぐらをかいて弁当を食べていると、晴輝の前に那美が姿を現す。
那美「一緒に食べてもいい？」
晴輝「もう俺、食べ終わるけど？」
那美「そうみたいだね」
ニコリと微笑み、晴輝の隣に腰を下ろして弁当を広げる。
那美「その玉子焼き、美味しそうだね」
晴輝「ああ。すごくうまいよ」
最後に残していた玉子焼きを、晴輝は頬張る。
那美「彼女の手作り？」
晴輝「……彼女ではない」
那美「そうなんだ。彼女いないなら立候補しちゃおうかな」
晴輝「……」
那美「なーんて、冗談だよ」
表情を変えずに黙ったまま弁当を完食した晴輝が、両手を合わせる。
晴輝「ごちそうさまでした。じゃあ、先に教室に戻るから」
那美「うん」
那美（藤間君って誰とでも気軽に話すけれど、実は硬派だよね。ますます好きになっちゃった）
那美はミニトマトを頬張り、笑みを浮かべる。
○学校の最寄り駅付近（放課後）
莉子「じゃあ、また明日ね」
沙良「うん。じゃあね」
駅前の交差点で沙良と別れた莉子が、徒歩十分ほどの距離にある理人が入院している病院に向かう。すると、どこからともなく姿を現した晴輝が隣に並ぶ。
莉子「藤間君！」
晴輝「それ、理人の着替えが入っているんだろ？ 持つから貸せよ」
驚く莉子を無視したまま、晴輝は紙袋に手を伸ばす。
莉子「軽いから大丈夫だよ」
晴輝「いいから貸せって」
遠慮する莉子から、晴輝は半ば強引に紙袋を奪う。
莉子「あ、ありがとう」
晴輝「……ん」
照れたようにうなずき、下を向いた晴輝の口もとがほころぶ。
晴輝「弁当、ごちそうさま。玉子焼きもから揚げもうまかった」
莉子「本当に？ そういえば藤間君も甘い玉子焼きが好きって言ってたもんね。口に合ってよかった」
フフッと笑う莉子を見て、晴輝は笑みをこぼす。しかしそれも束の間、晴輝はハッと息を呑み、莉子に近づいて手首を掴む。
莉子「えっ？」
不意の出来事に驚く莉子にかまわず、晴輝は掴んだ手に力を込める。その拍子で、莉子の体が傾いて晴輝の胸に頬がトンとつく。
莉子（ど、どうして？）
抱き寄せられた理由がわからず、戸惑いながら晴輝の胸の中で瞬きを繰り返す。
莉子と沙良が校門に向かって歩いていると、ジャージ姿の駿也とバッタリ出くわす。
莉子「駿君！ 今から練習？」
駿也「うん。今度の土曜日に試合があるからね。莉子ちゃんが応援に来てくれるとうれしんだけどな」
駿也が腰を屈めて、莉子の顔を覗き込む。
莉子「ごめんね。土曜日はバイトなんだ」
駿也「そうか。残念」
莉子「私も残念」
白い歯を見せてニコリと微笑む駿也と莉子が笑い合う。
理人「駿也君って、莉子のこと好きなのかな」
莉子と駿也の様子を、少しうしろから見ていた理人が晴輝に尋ねる。
晴輝「さあな」
仏頂面の晴輝が投げやりな返事をする。
○数日後 学校・二年三組の教室（ＨＲ）
体育祭の出場種目が決まり、莉子と女子生徒三人が輪を作ってじゃんけんをする。
莉子「あ～！ 負けた！」
那美「女子のアンカーは小鳥遊さんに決まりね！」
その場にしゃがみ込んで頭を抱える莉子を尻目に、実行委員の那美が男女混合リレーの順番を黒板に記入する。すると、教室の後方から男子生徒の笑い声が聞こえてくる。
男子生徒「藤間、ジャンケン弱っ！」
リレーに出場する男子生徒たちは、チョキを出したまま固まっている晴輝を見て笑う。
女子生徒①「ジャンケンに弱い藤間君も、かわいくない？」
女子生徒②「カッコかわいいよね」
クラスメイトのにぎやかな声が教室内に響く。
○小鳥遊家・キッチンダイニング（夜）
莉子と理人が、ダイニングテーブルに向き合って夕食をとる。
莉子「藤間君がリレーのアンカーに決まったけど、足速いの？」
理人「速いよ。中学では陸上部のエースだったらしいし、去年は二百メートル走で一位だったしな」
莉子「へえ、そうなんだ」
莉子（そんなに速いなら、高校でも陸上部に入部すればよかったのに）
夕食を口に運びながら、考えにふける。
理人「晴輝から聞いたけど、莉子も女子のアンカーなんだってな」
莉子「うん。そうなの」
理人「莉子も晴輝もジャンケン弱すぎ」
理人がケラケラと笑う。
理人「まあ、体育祭に出られない俺の分までがんばってくれよ」
先天性の心臓欠陥があり、幼い頃から手術と入退院を繰り返している理人には運動制限がある。
莉子「うん。がんばる」
理人の言葉にうなずき、ニコリと微笑む。
○数日後 学校・二年三組の教室（昼）
女子生徒「莉子！ 大変！」
莉子と沙良が昼食を食べ終えて談笑していると、一年のときに同じクラスだった女子生徒が血相を変えて近づいてくる。
莉子「どうしたの？」
女子生徒「理人君が階段から落ちて……」
莉子「えっ？」
勢いよくイスから立ち上がり、女子生徒と沙良とともに駆け出す。
○同・踊り場
莉子「すみません。通して」
人だかりをかきわけながら歩を進めると、仰向けに倒れている理人の姿が目に飛び込む。
莉子「理人！」
晴輝「動かすな。頭を打っている」
理人に駆け寄って体に触れようとした莉子に、晴輝は冷静に声をかける。
晴輝「救急車を呼んでもらったから、直に到着すると思う」
莉子「う、うん。わかった。もしかして心臓の病気が再発したとか？」
不安そうな表情を浮かべた莉子が、晴輝に尋ねる。
晴輝「いや。階段から落ちたのはアレのせいだ」
晴輝が指をさす方に視線を移すと、そこにはバナナの皮が。
莉子「どうしてこんなところに、バナナの皮が落ちているの？」
晴輝「知らねえよ」
晴輝は苛立ったように髪をクシャリとかき上げる。
莉子「もう……。バナナの皮を踏んで階段から落ちるなんて、おっちょこちょいなんだから」
莉子の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
○同・校舎の外
ストレッチャーで運ばれる理人に付き添って救急車に乗る莉子の様子を、晴輝と沙良が心配そうに見つめる。
○病院・病室内（夕方）
ベッドの上で眠る理人に付き添う莉子のもとに、沙良と晴輝が姿を現す。
晴輝「容態は？」
莉子「脳に異常はないけど、右足首を脱臼骨折しているから入院して手術が必要だって」
晴輝「そうか。俺がついていたのに、事故を防げなくて悪かったな」
頭に包帯を巻き、ギプスで脚を固定された痛々しい姿の理人を見て、晴輝がため息をつく。
莉子「藤間君のせいじゃないよ。むしろ冷静に対処してくれて感謝している。ありがとう」
晴輝「いや……」
ペコリと頭を下げる莉子から視線を逸らした晴輝の耳が、赤く染まっていることに沙良が気づく。
沙良（もしかして藤間君って、莉子のことが好きなんじゃない？）
沙良が興味深く晴輝の様子を見つめていると、理人の瞼がピクリと動いて開く。
理人「……ここは？」
莉子「病院だよ。階段から落ちたの覚えている？」
理人「……ああ。晴輝……迷惑かけて悪かったな」
晴輝「本当だよ。まったくドジだな」
理人「痛っ！ 病人に暴力をふるうんじゃねえよ」
布団の上から体にポンと触れた晴輝に、理人が声をあげる。
晴輝「言い返せる元気があるなら大丈夫そうだな。心配して損した」
晴輝と理人が会話を交わす中、沙良は莉子の耳に口を寄せる。
沙良「藤間君と理人君って、本当に仲がいいね」
莉子「うん」
クスクスと笑っていると、病室にふくよかな体格をした女性看護師が姿を現す。
看護師「ここは病院ですよ！ 静かにしてください！」
莉子「はい！ すみません」
莉子と沙良と晴輝が、看護師の迫力に圧倒されて身を縮める。
○翌日 学校・二年三組の教室（朝）
登校した莉子のもとに、沙良が近寄ってくる。
沙良「莉子！ おはよう」
莉子「おはよう。昨日はありがとう」
沙良「ううん。今日も病院に行くの？」
莉子「うん。理人の着替えを届けにね」
紙袋を軽くかかげて沙良に見せる。
沙良「ごめん。私、今日は塾でお見舞いに行けないんだ」
莉子「そんなの気にしないでよ。バナナの皮を踏んで骨折したドジな理人のお見舞いより、塾の方が大事だから！」
力説する莉子を見て、沙良が笑っていると晴輝が登校してくる。
莉子「藤間君、昨日はありがとう」
晴輝「……お礼を言われるようなことしてないし」
莉子に冷たく言い放った晴輝が、ポケットに手を入れたまま自分の席に向かう。
女子生徒「藤間君、おはよう」
晴輝「おはよ」
女子生徒と気さくに挨拶を交わす晴輝の様子を、莉子は複雑な思いで見つめる。
莉子「私、藤間君に嫌われているみたい」
沙良「それはないよ」
苦笑いする莉子の言葉を、沙良がすぐさま否定したとき、朝のＨＲが始まるチャイムが鳴る。
沙良（藤間君って、好きな子に素気なくしちゃうタイプなんだ）
机に頬杖をついている晴輝を横目に、沙良は口もとに笑みを浮かべながら自分の席に向かう。
○同・教室前の廊下（昼休み）
午前の授業が終わり、パンを買うために教室を出た晴輝の後を莉子が追い駆ける。
莉子「藤間君！」
晴輝「なに？」
莉子「今日も購買でパンを買うの？」
晴輝「そうだけど……」
莉子「これ、口に合うかわからないけど……」
晴輝「えっ？」
差し出された紙袋を見て、晴輝は目を丸くする。
莉子「いつのも癖で理人の分までお弁当を作っちゃったんだ。捨てるのももったいないから、よかったら食べてくれないかな？」
晴輝「……ありがとう」
弁当が入った紙袋を受け取る。
莉子「こちらこそありがとう。じゃあね」
小走りで教室に戻る莉子のうしろ姿を見つめていた晴輝が、緩む口もとを隠すように手をあてる。
○同・屋上
晴輝「玉子焼きもうまいけど、から揚げも最高だな」
地面にあぐらをかいて弁当を食べていると、晴輝の前に那美が姿を現す。
那美「一緒に食べてもいい？」
晴輝「もう俺、食べ終わるけど？」
那美「そうみたいだね」
ニコリと微笑み、晴輝の隣に腰を下ろして弁当を広げる。
那美「その玉子焼き、美味しそうだね」
晴輝「ああ。すごくうまいよ」
最後に残していた玉子焼きを、晴輝は頬張る。
那美「彼女の手作り？」
晴輝「……彼女ではない」
那美「そうなんだ。彼女いないなら立候補しちゃおうかな」
晴輝「……」
那美「なーんて、冗談だよ」
表情を変えずに黙ったまま弁当を完食した晴輝が、両手を合わせる。
晴輝「ごちそうさまでした。じゃあ、先に教室に戻るから」
那美「うん」
那美（藤間君って誰とでも気軽に話すけれど、実は硬派だよね。ますます好きになっちゃった）
那美はミニトマトを頬張り、笑みを浮かべる。
○学校の最寄り駅付近（放課後）
莉子「じゃあ、また明日ね」
沙良「うん。じゃあね」
駅前の交差点で沙良と別れた莉子が、徒歩十分ほどの距離にある理人が入院している病院に向かう。すると、どこからともなく姿を現した晴輝が隣に並ぶ。
莉子「藤間君！」
晴輝「それ、理人の着替えが入っているんだろ？ 持つから貸せよ」
驚く莉子を無視したまま、晴輝は紙袋に手を伸ばす。
莉子「軽いから大丈夫だよ」
晴輝「いいから貸せって」
遠慮する莉子から、晴輝は半ば強引に紙袋を奪う。
莉子「あ、ありがとう」
晴輝「……ん」
照れたようにうなずき、下を向いた晴輝の口もとがほころぶ。
晴輝「弁当、ごちそうさま。玉子焼きもから揚げもうまかった」
莉子「本当に？ そういえば藤間君も甘い玉子焼きが好きって言ってたもんね。口に合ってよかった」
フフッと笑う莉子を見て、晴輝は笑みをこぼす。しかしそれも束の間、晴輝はハッと息を呑み、莉子に近づいて手首を掴む。
莉子「えっ？」
不意の出来事に驚く莉子にかまわず、晴輝は掴んだ手に力を込める。その拍子で、莉子の体が傾いて晴輝の胸に頬がトンとつく。
莉子（ど、どうして？）
抱き寄せられた理由がわからず、戸惑いながら晴輝の胸の中で瞬きを繰り返す。
