藤間くんは、初恋をこじらせている
藤間くんの決意
○学校の最寄り駅付近(午後四時頃)
抱き寄せられた理由がわからず戸惑う莉子の脇を、スピードを出した自転車が通り抜けていく。
莉子(あっ、そうか。藤間君は自転車とぶつかりそうになった私を助けてくれたんだ)
晴輝「気をつけろよ」
莉子「あ、ありがとう」
晴輝から急いで離れた莉子が、照れながら頭を下げる。
なにも言わずに背中を向けて歩き出した晴輝の耳が赤くなっていることに、莉子は気づかない。
○病院・病室内
莉子「調子はどう?」
理人「薬が効いているから痛みは感じないけど、ベッドから動けないから退屈で死にそうだよ」
晴輝「そう思って、これを持ってきた」
ため息交じりにつぶやく理人に、晴輝は鞄から参考書を取り出す。
理人「ゲッ! こんな差し入れいらねえよ」
晴輝「そんなこと言わずに、ありがたく受け取れよ」
嫌な顔をする理人に、無理やり参考書を押しつける晴輝を見て、莉子はクスクスと笑う。
莉子「飲み物を買いに売店に行ってくるね」
鞄から財布を取り出す莉子を見て、晴輝がイスから立ち上がる。
晴輝「ひとりじゃ重たいだろ? 俺も行く」
莉子「大丈夫。藤間君は理人の話し相手になってあげて」
晴輝「……わかった」
病室を後にする莉子のうしろ姿を見つめていた晴輝が、イスに座り直す。
理人「莉子ってさ、俺と違ってしっかりしてそうに見られるけど、実はけっこう寂しがり屋なんだよ。俺たち、小学一年のときに部屋が別々になったんだけど、ひとりじゃ眠れないって泣きながら俺の布団にもぐり込んできたりしてさ」
晴輝「へえ、かわいいな」
話に耳を傾けていた晴輝が笑みを漏らす。
理人「だろ?」
晴輝「今のは子供らしいエピソードにほっこりしただけで、別に今の小鳥遊をかわいいって言ったわけじゃないからな」
口角をニヤリと上げる理人に気づいた晴輝が、慌てた様子で否定する。
理人「わかってるって。あのさ、俺らの親って帰りが遅いから、今けっこう心細い思いをしているんじゃないかって、ちょっと心配しているんだ。だから莉子がなるべくひとりにならないように、気にかけてやってくれないか?」
理人が恥ずかしそうに目を伏せて語る。
晴輝「お前が姉ちゃんを心配する気持ちはわかるけど、具体的に俺はなにをすればいいんだ?」
理人「たとえば、この前みたいに一緒に夕食を食べるとか?」
晴輝「小鳥遊しかいない家に上がり込むなんて、非常識だろ」
理人「莉子とふたりきりになれるチャンスなのに?」
あきれた表情をうかべる晴輝の顔を、理人が興味深そうに覗き込む。
晴輝「はあ? お前、なに言ってんの?」
理人「まあまあ、落ち着けって」
焦りながらイスから勢いよく立ち上がった晴輝を、理人がやんわりとなだめたとき、莉子が病室に戻ってくる。
莉子「どうしたの?」
理人「なんでもない。晴輝と話していたらなんだか喉乾いた」
理人がわざと話を逸らしたことに、莉子は気づかない。
莉子「そんなに盛り上がったの? はい。藤間君もどうぞ」
レジ袋から飲み物を取り出して、理人と晴輝に渡す。
晴輝「ありがとう」
莉子から飲み物を受け取った晴輝が、真っ赤になった顔を隠すために背中を向ける。その様子を見て、肩を揺らして笑いを堪える理人に莉子が気づく。
莉子「なに?」
理人「別に、なんでもないよな? 晴輝?」
晴輝「あ、ああ」
背中を向けたまま理人に応える晴輝の不自然な様子に、莉子は首をかしげる。
○同・病室内(夜)
莉子「じゃあ、今日はこれで帰るね。明日はバイトで来られないから」
晴輝「俺も実行委員の集まりがあるから、見舞いは無理だな」
莉子と晴輝が鞄を肩にかけてイスから立ち上がる。
理人「子供じゃないんだから、毎日来なくていいって」
莉子「本当は寂しいくせに」
理人「おい、莉子!」
ムッとした表情を浮かべる理人を見て、晴輝がハハッと笑う。
晴輝「じゃあな」
理人「おう。サンキュ」
理人に向かって軽く手を上げた晴輝が、莉子とともに病室を後にする。
○電車内
晴輝「次からは、もう少し早く帰った方がいいかもな」
天井の手すりに掴まる晴輝がポツリと言う。
莉子「そ、そうだね」
午後七時を過ぎた電車内は、仕事帰りの会社員や部活終わりの学生などで混み合っている。
莉子(うっ、近すぎる)
体が触れてしまいそうな距離を恥ずかしく思いながら、鞄を抱えている手にギュッと力を込めてうつむいていると、車内にアナウンスが流れる。
駅員「次は××駅、××駅」
次は晴輝が降りる駅だ。
莉子「今日はありがとう」
晴輝「……」
顔を上げてお礼を言っても、晴輝は口を閉じたまま視線を合わせようとしない。
莉子「藤間君?」
反応がない晴輝に戸惑っていると電車が止まり、反対側のドアが開く。
莉子「藤間君? 着いたよ。降りないの?」
晴輝「……」
莉子「早くしないと発車しちゃうよ?」
焦る莉子を尻目に、晴輝は手すりから手を離す。
晴輝「コンビニの辺り、痴漢が出るんだろ? 家まで送る」
莉子「えっ、痴漢?」
晴輝「この前、理人に駅まで送ってもらったとき、〝ちかんに注意〟っていう看板が立っていたけど?」
莉子「そんな看板あったっけ?」
首をひねって考えていると、電車に乗り込んできた乗客に押されて、晴輝が莉子の背後のドアに両手をつく。
お互いの鼻先が触れ合うほどの近い距離に驚いた莉子と晴輝の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まる。
晴輝「悪い」
莉子「あ、うん。大丈夫」
晴輝は急いでドアから手を離し、天井の手すりに掴まる。
莉子(壁ドンされたみたいで恥ずかしい)
晴輝を意識しているとドアが閉まり、電車が走り出す。
晴輝「乗りすごしたついでに送るから」
莉子「あ、ありがとう」
気恥ずかしい思いを胸に抱え、コクリとうなずく。
○莉子が利用している最寄り駅付近
駅を出て家に向かって歩を進めていると、晴輝が立ち止まる。
晴輝「これ、俺の連絡先」
莉子「えっ? 急にどうしたの?」
QRコードが表示されたスマホを差し出す晴輝を見て、莉子は目を丸くする。
晴輝「なにかあったら俺に連絡して。すぐに駆けつけるから」
スマホを差し出したまま、晴輝は視線を逸らす。
莉子(もしかして、家にひとりになる私を心配しているのかもしれない)
莉子「うん。ありがとう」
ポケットからスマホを取り出してQRコードを読み取り、晴輝にメッセージを送る。
莉子から届いた【よろしくね】という文字を見た晴輝が、緩む口もとを隠すように手をあてたとき、背後から声をかけられ振り返る。
駿也「あれ? 莉子ちゃん?」
莉子「駿君! 同じ電車だったんだね」
駿也「そうみたいだね。えっと……彼氏?」
晴輝をジロジロ見つめながら、駿也が尋ねる。
莉子(付き合っているって勘違いされるなんて、なんだか恥ずかしい)
莉子「違うからっ!」
頬を赤くして手を左右に振る莉子を見て、晴輝はムッとした表情を浮かべる。
晴輝「クラスメイトの藤間です」
駿也「幼なじみの池田です」
晴輝「知ってます。俺、理人の親友なんで」
駿也「あ、そうなんだ」
晴輝と駿也の間にピリピリとした空気が張り詰めるも、莉子は気づかない。
莉子「駿君。理人なんだけど、今入院しているんだ」
駿也「えっ? もしかしてまた心臓が?」
莉子「ううん。昨日学校でバナナの皮を踏んで骨折しちゃったの」
駿也「マジで? まったくドジだな」
莉子「本当だよね」
親しげに会話を交わす莉子と駿也を邪魔するように、晴輝がコホンと咳払いをする。
莉子(いけない。藤間君の存在を忘れてた)
莉子「藤間君ごめんね。もうここで大丈夫だから。送ってくれてありがとう」
晴輝「いや、家まで送る」
莉子「でも……」
真剣なまなざしを自分に向けてくる晴輝に莉子が戸惑っていると、駿也が間に割り入ってくる。
駿也「莉子ちゃんは俺が責任を持って送るよ」
晴輝「いや。俺が先に家まで送るって約束したんだ。ほら、行くぞ」
莉子「えっ?」
邪魔だとばかりに駿也を押しのけた晴輝が、莉子の手を強引に握って歩を進める。
莉子「駿君! またね」
晴輝に手を引かれながら振り返る莉子に、駿也は手を軽くかかげる。
駿也(これは、うかうかしていられないな)
立ち去っていく莉子と晴輝の後ろ姿を、駿也はじっと見つめる。
○小鳥遊家周辺
街灯がともる住宅街を、晴輝は莉子の手を握ったまま歩き続ける。
莉子(なんで私を家に送ることに、ムキになるんだろう)
わけがわからず晴輝の横顔を見上げても、唇をきつく結んだ表情からはなにも読み取れない。
莉子(それにしても、スピードが速すぎるよ)
莉子「ちょっと、藤間君」
晴輝「……」
足が長く歩幅が大きい晴輝に、小走りでついていく莉子が声をかけても返事はない。
莉子「藤間君!」
莉子が再びあげた大きな声を聞いて我に返った晴輝が、ようやく足を止める。
莉子「歩くの速いよ」
晴輝「あっ、悪い」
息を切らす莉子に、晴輝はイラついた様子で近づく。
晴輝「小鳥遊は……アイツのことが好きなのか?」
莉子「アイツ?」
晴輝「池田駿也のことだよ」
首をかしげる莉子に、晴輝が声をあげる。
莉子「駿君は……ただの幼なじみだよ」
鞄の持ち手を握る手にギュッと力を込めて、小さな声で答える莉子の様子を目のあたりにした晴輝が髪をクシャリとかき上げる。
晴輝「……怖がらせてごめん」
莉子「う、うん」
向かい合ってうつむく莉子と晴輝の間に、沈黙が流れる。
莉子(駿君と会ってから様子が変だけど、どうしちゃったんだろう)
上目づかいでこっそり様子をうかがう。
晴輝「じゃあ、これで」
莉子「うん。ありがとう」
うつむいたまま背中を向けて歩き出した晴輝のうしろ姿を、莉子が見つめる。すると突然、晴輝の足が止まる。
莉子「?」
急に立ち止まった理由がわからず首をかしげていると、晴輝が早足で莉子のもとに引き返してくる。
晴輝「小鳥遊。俺、お前のことが……」
気を決したように、晴輝が勢いよく顔を上げる。
抱き寄せられた理由がわからず戸惑う莉子の脇を、スピードを出した自転車が通り抜けていく。
莉子(あっ、そうか。藤間君は自転車とぶつかりそうになった私を助けてくれたんだ)
晴輝「気をつけろよ」
莉子「あ、ありがとう」
晴輝から急いで離れた莉子が、照れながら頭を下げる。
なにも言わずに背中を向けて歩き出した晴輝の耳が赤くなっていることに、莉子は気づかない。
○病院・病室内
莉子「調子はどう?」
理人「薬が効いているから痛みは感じないけど、ベッドから動けないから退屈で死にそうだよ」
晴輝「そう思って、これを持ってきた」
ため息交じりにつぶやく理人に、晴輝は鞄から参考書を取り出す。
理人「ゲッ! こんな差し入れいらねえよ」
晴輝「そんなこと言わずに、ありがたく受け取れよ」
嫌な顔をする理人に、無理やり参考書を押しつける晴輝を見て、莉子はクスクスと笑う。
莉子「飲み物を買いに売店に行ってくるね」
鞄から財布を取り出す莉子を見て、晴輝がイスから立ち上がる。
晴輝「ひとりじゃ重たいだろ? 俺も行く」
莉子「大丈夫。藤間君は理人の話し相手になってあげて」
晴輝「……わかった」
病室を後にする莉子のうしろ姿を見つめていた晴輝が、イスに座り直す。
理人「莉子ってさ、俺と違ってしっかりしてそうに見られるけど、実はけっこう寂しがり屋なんだよ。俺たち、小学一年のときに部屋が別々になったんだけど、ひとりじゃ眠れないって泣きながら俺の布団にもぐり込んできたりしてさ」
晴輝「へえ、かわいいな」
話に耳を傾けていた晴輝が笑みを漏らす。
理人「だろ?」
晴輝「今のは子供らしいエピソードにほっこりしただけで、別に今の小鳥遊をかわいいって言ったわけじゃないからな」
口角をニヤリと上げる理人に気づいた晴輝が、慌てた様子で否定する。
理人「わかってるって。あのさ、俺らの親って帰りが遅いから、今けっこう心細い思いをしているんじゃないかって、ちょっと心配しているんだ。だから莉子がなるべくひとりにならないように、気にかけてやってくれないか?」
理人が恥ずかしそうに目を伏せて語る。
晴輝「お前が姉ちゃんを心配する気持ちはわかるけど、具体的に俺はなにをすればいいんだ?」
理人「たとえば、この前みたいに一緒に夕食を食べるとか?」
晴輝「小鳥遊しかいない家に上がり込むなんて、非常識だろ」
理人「莉子とふたりきりになれるチャンスなのに?」
あきれた表情をうかべる晴輝の顔を、理人が興味深そうに覗き込む。
晴輝「はあ? お前、なに言ってんの?」
理人「まあまあ、落ち着けって」
焦りながらイスから勢いよく立ち上がった晴輝を、理人がやんわりとなだめたとき、莉子が病室に戻ってくる。
莉子「どうしたの?」
理人「なんでもない。晴輝と話していたらなんだか喉乾いた」
理人がわざと話を逸らしたことに、莉子は気づかない。
莉子「そんなに盛り上がったの? はい。藤間君もどうぞ」
レジ袋から飲み物を取り出して、理人と晴輝に渡す。
晴輝「ありがとう」
莉子から飲み物を受け取った晴輝が、真っ赤になった顔を隠すために背中を向ける。その様子を見て、肩を揺らして笑いを堪える理人に莉子が気づく。
莉子「なに?」
理人「別に、なんでもないよな? 晴輝?」
晴輝「あ、ああ」
背中を向けたまま理人に応える晴輝の不自然な様子に、莉子は首をかしげる。
○同・病室内(夜)
莉子「じゃあ、今日はこれで帰るね。明日はバイトで来られないから」
晴輝「俺も実行委員の集まりがあるから、見舞いは無理だな」
莉子と晴輝が鞄を肩にかけてイスから立ち上がる。
理人「子供じゃないんだから、毎日来なくていいって」
莉子「本当は寂しいくせに」
理人「おい、莉子!」
ムッとした表情を浮かべる理人を見て、晴輝がハハッと笑う。
晴輝「じゃあな」
理人「おう。サンキュ」
理人に向かって軽く手を上げた晴輝が、莉子とともに病室を後にする。
○電車内
晴輝「次からは、もう少し早く帰った方がいいかもな」
天井の手すりに掴まる晴輝がポツリと言う。
莉子「そ、そうだね」
午後七時を過ぎた電車内は、仕事帰りの会社員や部活終わりの学生などで混み合っている。
莉子(うっ、近すぎる)
体が触れてしまいそうな距離を恥ずかしく思いながら、鞄を抱えている手にギュッと力を込めてうつむいていると、車内にアナウンスが流れる。
駅員「次は××駅、××駅」
次は晴輝が降りる駅だ。
莉子「今日はありがとう」
晴輝「……」
顔を上げてお礼を言っても、晴輝は口を閉じたまま視線を合わせようとしない。
莉子「藤間君?」
反応がない晴輝に戸惑っていると電車が止まり、反対側のドアが開く。
莉子「藤間君? 着いたよ。降りないの?」
晴輝「……」
莉子「早くしないと発車しちゃうよ?」
焦る莉子を尻目に、晴輝は手すりから手を離す。
晴輝「コンビニの辺り、痴漢が出るんだろ? 家まで送る」
莉子「えっ、痴漢?」
晴輝「この前、理人に駅まで送ってもらったとき、〝ちかんに注意〟っていう看板が立っていたけど?」
莉子「そんな看板あったっけ?」
首をひねって考えていると、電車に乗り込んできた乗客に押されて、晴輝が莉子の背後のドアに両手をつく。
お互いの鼻先が触れ合うほどの近い距離に驚いた莉子と晴輝の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まる。
晴輝「悪い」
莉子「あ、うん。大丈夫」
晴輝は急いでドアから手を離し、天井の手すりに掴まる。
莉子(壁ドンされたみたいで恥ずかしい)
晴輝を意識しているとドアが閉まり、電車が走り出す。
晴輝「乗りすごしたついでに送るから」
莉子「あ、ありがとう」
気恥ずかしい思いを胸に抱え、コクリとうなずく。
○莉子が利用している最寄り駅付近
駅を出て家に向かって歩を進めていると、晴輝が立ち止まる。
晴輝「これ、俺の連絡先」
莉子「えっ? 急にどうしたの?」
QRコードが表示されたスマホを差し出す晴輝を見て、莉子は目を丸くする。
晴輝「なにかあったら俺に連絡して。すぐに駆けつけるから」
スマホを差し出したまま、晴輝は視線を逸らす。
莉子(もしかして、家にひとりになる私を心配しているのかもしれない)
莉子「うん。ありがとう」
ポケットからスマホを取り出してQRコードを読み取り、晴輝にメッセージを送る。
莉子から届いた【よろしくね】という文字を見た晴輝が、緩む口もとを隠すように手をあてたとき、背後から声をかけられ振り返る。
駿也「あれ? 莉子ちゃん?」
莉子「駿君! 同じ電車だったんだね」
駿也「そうみたいだね。えっと……彼氏?」
晴輝をジロジロ見つめながら、駿也が尋ねる。
莉子(付き合っているって勘違いされるなんて、なんだか恥ずかしい)
莉子「違うからっ!」
頬を赤くして手を左右に振る莉子を見て、晴輝はムッとした表情を浮かべる。
晴輝「クラスメイトの藤間です」
駿也「幼なじみの池田です」
晴輝「知ってます。俺、理人の親友なんで」
駿也「あ、そうなんだ」
晴輝と駿也の間にピリピリとした空気が張り詰めるも、莉子は気づかない。
莉子「駿君。理人なんだけど、今入院しているんだ」
駿也「えっ? もしかしてまた心臓が?」
莉子「ううん。昨日学校でバナナの皮を踏んで骨折しちゃったの」
駿也「マジで? まったくドジだな」
莉子「本当だよね」
親しげに会話を交わす莉子と駿也を邪魔するように、晴輝がコホンと咳払いをする。
莉子(いけない。藤間君の存在を忘れてた)
莉子「藤間君ごめんね。もうここで大丈夫だから。送ってくれてありがとう」
晴輝「いや、家まで送る」
莉子「でも……」
真剣なまなざしを自分に向けてくる晴輝に莉子が戸惑っていると、駿也が間に割り入ってくる。
駿也「莉子ちゃんは俺が責任を持って送るよ」
晴輝「いや。俺が先に家まで送るって約束したんだ。ほら、行くぞ」
莉子「えっ?」
邪魔だとばかりに駿也を押しのけた晴輝が、莉子の手を強引に握って歩を進める。
莉子「駿君! またね」
晴輝に手を引かれながら振り返る莉子に、駿也は手を軽くかかげる。
駿也(これは、うかうかしていられないな)
立ち去っていく莉子と晴輝の後ろ姿を、駿也はじっと見つめる。
○小鳥遊家周辺
街灯がともる住宅街を、晴輝は莉子の手を握ったまま歩き続ける。
莉子(なんで私を家に送ることに、ムキになるんだろう)
わけがわからず晴輝の横顔を見上げても、唇をきつく結んだ表情からはなにも読み取れない。
莉子(それにしても、スピードが速すぎるよ)
莉子「ちょっと、藤間君」
晴輝「……」
足が長く歩幅が大きい晴輝に、小走りでついていく莉子が声をかけても返事はない。
莉子「藤間君!」
莉子が再びあげた大きな声を聞いて我に返った晴輝が、ようやく足を止める。
莉子「歩くの速いよ」
晴輝「あっ、悪い」
息を切らす莉子に、晴輝はイラついた様子で近づく。
晴輝「小鳥遊は……アイツのことが好きなのか?」
莉子「アイツ?」
晴輝「池田駿也のことだよ」
首をかしげる莉子に、晴輝が声をあげる。
莉子「駿君は……ただの幼なじみだよ」
鞄の持ち手を握る手にギュッと力を込めて、小さな声で答える莉子の様子を目のあたりにした晴輝が髪をクシャリとかき上げる。
晴輝「……怖がらせてごめん」
莉子「う、うん」
向かい合ってうつむく莉子と晴輝の間に、沈黙が流れる。
莉子(駿君と会ってから様子が変だけど、どうしちゃったんだろう)
上目づかいでこっそり様子をうかがう。
晴輝「じゃあ、これで」
莉子「うん。ありがとう」
うつむいたまま背中を向けて歩き出した晴輝のうしろ姿を、莉子が見つめる。すると突然、晴輝の足が止まる。
莉子「?」
急に立ち止まった理由がわからず首をかしげていると、晴輝が早足で莉子のもとに引き返してくる。
晴輝「小鳥遊。俺、お前のことが……」
気を決したように、晴輝が勢いよく顔を上げる。