土屋君の初カノ
第三話
めぐみ「うわさになってるよ。久美子、あんたが土屋のこと好きだって。どういうこと?」
久美子「それ…私。私が麻田さんに言ったからなの。好きな人いるふりしたら、誰?って
きかれて咄嗟に土屋君、って言っちゃったの。目立つ男子を言うとまた揉めそう
だから、大人しい土屋君にしたら大丈夫かなって…」
めぐみ「ああ、なるほどね。でも当分は、うわさになるだろうね…」
久美子「うん。麻田さんに言ったら、うわさになるって読みが足りなかったよ。反省
だあ」
めぐみ「皆、恋バナには目がないからねー。ま、その内、風化するでしょ。久美子は、土
屋のこと、なんとも思ってないわけだから」
久美子、土屋のキラキラのホストバージョンの顔が頭に浮かぶ。
久美子(な、なんで土屋君の顔が…)
久美子「そうだよね。うん。気にしないようにする」
〇 教室。二時間目の休み時間
ギャルっぽい女子三人組が土屋の隣の席で騒いでる。
ギャルA「ねえ、この席の田中、今日、休んでるじゃん」
ギャルB「デブの田中のくせに生意気だよねー。絶対食べ過ぎで寝込んでるんだよ」
ギャルC「ぜったいそうだよ。よーし油性マジックで机にブタ子って書いちゃお」
ギャルたち「それいー。きゃはは」
久美子それを見て。
久美子(やだなあ…ああいうの)
すると、カシャーンという音。
土屋がギャルたちの足元にペンケースを落としたのだった。
ギャルたちをかきわけるようにして、ペンケースの中身を拾う。
ギャルA「ちょっと、何」
土屋「悪いけど、どいてくれる」
久美子(あっ、ひょっとして、落書きを止めようとして…?)
ギャルB「なんだよ、土屋。陰キャのくせにさー」
ギャルC「あっ、そういえばこいつって…」
ギャルC、にやにやする。ギャルAも、あっ、と気づく。
ギャルA「そうだったー。陰キャでも土屋君モテるんだもんねー。ごめん、ごめん」
久美子(あっ...!私のことで、なんか言われてる...?!私のせいだ…!)
土屋「?」
意味がわからず、きょとんとする、土屋。
〇放課後の図書室。 図書カウンターに、土屋がいる。今日も、図書室はガラガラで人気
がない。
久美子、入ってきて、カウンターで土屋の隣に並ぶ。
久美子「あの、土屋君、話したい事があって」
思いつめた表情の久美子。土屋、読んでいた本から顔をあげる。
土屋「…どうしたの?」
久美子「この間、麻田さんに好きな人いるフリしたって話、したよね。土屋君のアドバイ
スどおりに」
土屋「うん。言ってたね」
久美子「まだ話してないことあって。その時、麻田さんに好きな人誰ってつっこまれて、
私、咄嗟に、土屋君って言っちゃったの...!」
土屋「えっ」
久美子「ほんとうにごめんなさい!なんか、そのことで土屋君に迷惑かけるとか、そこま
で頭がまわってなくて。麻田さん、皆に私が土屋君のこと好きだって言いふらし
たみたいで...土屋君、からかわれたり、するかもしれない」
土屋「あ...そういえば、今日、なんかやたらと視線感じたな...ときどき僕の名前が出てたり
してたみたいだった。そうか、そういうことか」
久美子「ごめんね。ほんとに。申し訳ない!」
泣きそうな顔をして深々と頭を下げる。久美子の必死さに、土屋、頬を緩める。
土屋「いいよ。僕、気にしないから。実際につきあってるわけでもないし。うわさはすぐ
に消えるんじゃない」
久美子、ドキっとする。つきあってるわけでもない、という言葉が微妙に心に響く。
久美子(やだ、なんで...土屋君、当たり前のこと言っただけなのに)
久美子「土屋君、ありがとう。でも、なんかあったら言ってね?」
土屋「大丈夫だよ。僕、注意深く目立たないようにしてるから」
土屋、本に目を落とす。
久美子「...土屋君、いつも本読んでるよね。面白い?それ」
土屋「あ、これ伊坂幸太郎。読みやすいだけじゃなくて、伏線とかいっぱい張ってあって
すごいんだよ」
久美子「フクセンって何」
土屋「伏線っていうのは...」
久美子にわかるように丁寧に説明する土屋。声や表情がイキイキとしてる。
久美子(あ、土屋君うれしそう。そうか、本の話とかするの、好きなんだな
また、ひとつ土屋君のこと、知ったな。なんかうれしー)
久美子、土屋の話を聞きながら、ニコニコする。
時間が経っても、図書室はガラガラ。
久美子「ほんとに、誰も来ないね、図書室。私たちカウンター係やるの意味ない
みたい」
土屋「うん...皆スマホで漫画とか本とか読むのかなあ。僕は、紙の本が好きだけど」
久美子「そういえば。次男のお兄さんの風邪、治った?」
土屋「うん。もう大丈夫みたい」
久美子「じゃ、土屋君はお店に出なくていいんだ?」
土屋「うん。薫兄さんからたまに買いだし頼まれるくらい。薫兄さん、結構買い忘れとか
多いんだ。僕はフォローする係」
久美子「そうなんだ。土屋君と、薫さんって全然タイプが違うね」
土屋「そうだね。僕とは、真逆かな。社交的で、人と話すのが大好きで。ホストの仕事は
天職だっていつも言ってるよ」
久美子「確かに、向いてる気がする」
土屋「しかも、投資家でもあるんだ。デイトレーダーで、あの店の資金をさらに潤沢
にしてる」
久美子、くすっと笑う。
土屋「な、何」
久美子「こないだも思ったけど。土屋君、お兄さんのこと、大好きなんだね。誇りに
思ってるのが伝わってくるよ」
土屋、久美子に微笑んでそう言われて、ドキッとする。
土屋「そう、かな...」
土屋、少し照れる。
久美子「いいな。家族仲良くて。うちは...」
やっと生徒がカウンターに来る。
生徒A「これ、返します」
久美子「あ、はい」
〇久美子、自宅のリビングでスマホを見てる。
母「だから、言ったじゃない。何度言ったらわかるの」
父「聞いてないよ。そんな風に言うからわからないんだ。大体君は」
キッチンの方で、言い合う両親。久美子、はーっとため息をつく。
久美子(いやだなあ...なんで、言い合いになっちゃうんだろ)
久美子N「うちのお父さんは、去年転職した。その職場になってから、お父さんは変わっ
た。よくお酒を飲んで、文句ばっかり言うようになった。お母さんもそれにう
んざりして、最近はすぐ言い返す。だから言い合いになる」
久美子、黙って二階の自分の部屋に行く。
ごろん、とベッドに横になる。
久美子(土屋君のところみたいに、仲がいいのがいいな...
お父さんとお母さんが言い合いしてるの聞くと、なんかこっちのエネルギー持っ
ていかれて、何もしたくなくなるんだよね...)
ふっと土屋の言葉が頭をよぎる。土屋の顔、回想。
土屋『学校では静かにしていたいんだ...』
久美子「そっか。お店でベイビーさん達の愚痴聞くから疲れるんだ。今の私みたいな気持
ちなのかも。少し、わかったかも」
久美子(今日も、結構、土屋君、しゃべってたな...。前とは全然違う。
もしも...ベイビーさん達の愚痴を聞かなくなったら、土屋君、静かにしなくなって
感じ、変わっちゃうのかな)
久美子(うーん…静かじゃない土屋君って想像するのむずいな)
久美子(な、なんでこんなに土屋君のことばっかり考えてるんだろ?
…宿題、しよう)
久美子、起き上がる。
〇翌日の放課後。
土屋、廊下を歩いていると、教師から呼び止められる。
教師A「ああ、土屋。この資料、理科室に持って行ってくれ」
どさっと教師からプリントの束を押し付けられる。
土屋、はい、と返事して受け取る。抱えるのがやっと。
土屋(中庭抜けて行こう。近道)
中庭に入る瞬間に人の声。
久美子「佐久間先輩」
土屋(井上さんの声…?)
中庭に入って、足を止める。数メートル先に、久美子と二年の佐久間先輩が向き合って
立っているのが見える。久美子が背を向けてるので、久美子からは土屋の姿は見えない。
久美子「あの…何でしょう」
佐久間<背が高く、サッカー部員。イマドキの髪型。自分のことをイケメンと思っている
のが、前髪を終始いじっている仕草でわかる>
佐久間「何ってこと、ないじゃん。聞きたいのは、こっち。井上さんさあ先月、俺を振る
時、恋愛に興味ないです、とか言ってなかった?なんか最近、考え方変わったら
しいじゃない」
久美子「...」
佐久間「まあ、あれだよね。女子にはよくあることだよね。ころころ考え方変わったりす
るもんね。わかる、わかる。それは責めないけど。たださー」
へらへらしていた佐久間の顔つきが変わる。
佐久間「なんか、俺を振っておいて、あの陰キャの土屋とかいう奴が好きって意味わかん
ないんですけどー」
久美子「...」
佐久間「おかしくね?俺と比べて、あっちを選ぶなんて、ありえなくね?
あんな暗い、じとっとした奴のどこがいいか教えてほしいわー」
久美子「...」
むっとして、佐久間の顔を見る。
佐久間「あれがいいなんて、デマだよね?ほんとは、俺の方が全然いいっしょ。あるある、
一時の気の迷いっつーやつ。許してあげるからさー。俺にしときなって」
久美子「じゃあ、言いますけど」
佐久間「うん、だから俺の方が」
久美子「あなたなんかより、土屋君の方が、何倍もいいです。土屋君には、いいところが
いっぱいあるんです。土屋君を勝手に見下さないでくださいっ…!」
佐久間「な、なんだと」
かっとなった佐久間。久美子をにらみつける。
久美子、全く動じず、佐久間を見据える。
生徒A「佐久間ー、タニセンが、読んでるぞー」
佐久間、ちっ、と舌打ちする。
佐久間「井上さん、趣味わるいんじゃね?あー、時間無駄にしたっと」
捨て台詞を残して、廊下の方に走っていく佐久間。
取り残された久美子、はーっと息をつく。
その後ろ姿を、じっと見つめる土屋。表情は、眼鏡でよくわからない。
〇翌日。学校。辺りに人気のないところ。
土屋「井上さん」
久美子「あ、土屋君。次、科学室だって」
土屋「あの…今度の日曜、暇かな」
久美子「え?」
土屋「つきあってほしいところが、あるんだけど」
久美子「…は?」