冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない。
恥ずかしさからか、いつもは意識して丁寧に発している言葉遣いも、情けないほどに粗っぽい口調になってしまう。
『…そう、ですか?確かにさっき、あなたのポケットからこれが落ちるのが見えたのですが……』
困ったように眉を下げて、もう1歩前に踏み出した彩夏。
その表情に、俺を小馬鹿にしたりする感情は全く見えない。
純粋に善意からハンカチを拾ってくれただけ、なのか……?本当に?
そんな人、今まで俺のちっぽけな世界には誰1人として現れなかったのに。
芸能界大御所の社長の1人息子として、御曹司という名の重責を背負ってきた俺。
俺の住む世界は競争社会だ。弱いものが負け、強いものがのし上がる。地位も権力も、どんなに汚い手を使ったって手に入れる。
それが、あの人たちのエゴだった。
そんな汚い欲に溺れた人間ばかりが周りにごまんといて、俺に目を向けてくれる人間も、優しさや愛情をくれる人間も、誰1人いない。