冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない。
そんな風に尽くされても、わたしは何も返せるものがないというのに……。
それでも、きっと。
そんな言い訳は飛鳥馬様には通用しないんだろうなって、その時のわたしは靄がかった頭で確信していた。
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「……あやちゃん」
急に低く落とされたトーンに、肩がビクリと震える。
わたしを呼び捨てにすることなく、出会った時から“ちゃん”付けで名前を呼んでくれていた優しい声音は、今はどこか陰りが見られた。
「…っ、な、何ですか」
「いつになったらおれのことちゃんと見てくれるの」
ベンツの後部座席のドアが開き、太陽の世界に足を踏み入れた飛鳥馬様がわたしの前まで歩いてきて。
そっとわたしの背に腕を回し、そう吐き出した。
わたしを包む体温はひどく冷たい。
だけど、その冷たさの裏に垣間見えるこの方の弱さが、触れた肌からじわり…、と感じられる。
「……っ、わたし、は。飛鳥馬様と一緒にはいれません」