冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない。
「ずっと昔のことだもの。彩夏は忘れていて当然」
「そういうもの、なの……?」
きっと、麗仁くんのようなお方を忘れるなんて、至難の業だと思うんだけど……。
どうしても納得いかないよ。
「…そういうものよ。記憶っていうのはね、いつか必ず薄れて消えていくものなの」
大人のお母さんが言うのだから、そうなのかもしれない。
記憶は、消えゆくもの。
それって、なんていうか……虚しいな。
麗仁くんとの過去があるのに、わたしはそれを全部忘れちゃってるってことでしょ?
大好きな人との思い出を、簡単に忘れてしまったんだ。
だけど、ふとあることが脳裏をよぎる。
───わたしたちみたいな庶民の家が、どうして高貴な身分である飛鳥馬家に婚約を申し入れることができたの?
その疑問を気づけば口にしていたわたし。
そんなわたしを、お母さんは少し困ったような苦い表情をして、こう言った。