惚れた弱み
「結婚してるワケじゃないんだし、諦める必要ないと思うよ。前も言ったろ?話す機会を増やせば、橋本ちゃんの良さに気付くはずだって。その上で好きだって気持ちを伝えたら、十分、奪い取れるよ。」
そう言ったが、菜々はまだ「奪う」の言葉に戸惑っているようだった。
自分でも意地の悪いことを言っているのは分かっていた。
菜々が、簡単に人の彼氏を奪うことのできるタイプでないことも分かっている。
それでも。振り向いてもらえないのは、菜々が相良に本気だからだと思いたかった。
博孝は、ぐっと拳を握り直し、やや語調を強めて言い放った。
「もし、それで気持ちが傾かないようなら…そんなヤツに橋本ちゃんはもったいない。他に橋本ちゃんの良さをわかって、大事にしてくれる人を見つけた方がいいと思う。」
――そう、例えば俺みたいに。
その言葉を続ける勇気は出なかった。
――そろそろ、勘づいてよ。橋本ちゃんに対する、俺の気持ちに。
そう思ったが、やはり菜々は分かっていないようで、俯いて考え込んでいる。
博孝は、ふっと笑い、口調も態度も、頑張っていつもの調子に戻すと「ま、すぐに気持ちの整理するのも難しいだろうからさ、とりあえず今日は帰りな。駅まで送るよ。」と言って、立ち上がり、鍵を開けて部室の外に出た。