異世界の魔法学園には事件がいっぱい!?~無口な幼馴染ヒーローと美少女のいじめっ子が同級生なんて聞いてません~

22話 始まる体験学習

「うわあ! うわあ! うわあああ!」
「ミカエル、口を閉じなさい」

 顎が外れそうなほど、感嘆の声を漏らすミカエルへ、ソフィアが注意をする。
 列車から降りた生徒たちの前には砂浜が広がり、ざぶんざぶんと音を立てて波が打ち寄せている。

「ソフィア、これが海だよ!」
「見えているわよ、同じものが」

 しっかり者の姉と落ち着きのない弟の会話は、いつも通りだ。
 ちまたでは、次期国王になるのはソフィアではないかと予想されているが、大きな少年のミカエルを見る限り、その可能性は高い。
 
「みんな、荷物を持って。一度、点呼をとろう」

 引率するユリウスの声に従い、古都子と晴臣は列に並ぶ。
 野外活動とは違い、今回は班行動ではない。
 自分のテーマに沿って、自由行動が許可されている。

「よし、全員いるな。では施設へ向かう」

 20数名の二年生が、いくつかのグループに枝分かれ、しゃべりながら歩く。
 古都子と晴臣は、なぜか両脇をソフィアとミカエルに挟まれていた。

「思っていたよりも砂浜が白くて、驚いたわ」
「ソフィア、しかもサラサラなんだぞ! 足の指の間に、入っていくんだ!」

 いつのまに靴を脱いだのか、ミカエルは裸足で歩いていた。
 靴を持っているのは後ろにいるオラヴィだ。
 眼は相変わらず前髪に隠れているが、間違いなくやれやれという顔をしている。

「ソフィアさまも、脱いでいいですよ?」

 エッラが、いつでも靴を持ちます、と両手を差し出す。
 そこへ古都子がアドバイスをした。

「砂浜には、割れた貝殻とかが埋まってて、足の裏を怪我しやすいんです。ソフィアさまは脱がないほうが――」
「あい、てっ!」

 古都子が言い終わる前に、ミカエルが足の裏を押さえてうずくまる。
 オラヴィがハンカチを差し出しているところを見ると、怪我をしたのだろう。

「なるほど、ああなるのね」
「もっと早く言えばよかったですね」

 申し訳なさそうにする古都子に、晴臣が首を横に振る。
 古都子は何も悪くない、というジェスチャーだった。

 ◇◆◇
 
 施設についたら、荷物を片付けジャージに着替え、必要な道具や手帳や筆記具を手に、生徒はそれぞれ海へ繰り出す。
 古都子は砂浜へ出る前に、大切な髪飾りとブレスレットを外し、無くさないようにハンカチに包んだ。
 それを荷物の中に入れていると、クラスメイトの女子生徒から、お手洗いの場所を教えて欲しいと声をかけられる。
 きっと、さきほどのユリウスの説明を聞き逃したのだろう。
 そう思った古都子は、口で言うだけではなく、お手洗いの場所まで女子生徒を案内した。
 その女子生徒が、リリナの取り巻きの一人と知らずに。

 ◇◆◇

「これが、白土さんがいつも身につけている、アクセサリーね」

 なかなか良いものじゃない、と呟き、リリナはハンカチの中を確認する。
 ハンカチを古都子の荷物の中から持ち出したのは、お手洗いの場所を聞いた女子生徒とは別の取り巻きだ。

「もう行っていいわよ」

 しっしっと追い払うように手を振って、取り巻きを離れさせると、リリナは醜悪な笑みを浮かべた。

「さて、どうしてやろうかしら。海に投げ捨てたり、その辺の砂に埋めたりしただけじゃ、土魔法とかで探し出されるかもしれないし……もっと白土さんが嘆いてくれないと、私の気が済まないのよね」
 
 ちゃり、と音をさせて、ブレスレットを指で摘まみ上げる。
 白い輝きを放つウサギのチャームを見ている内に、リリナは良い案を思いついた。

「そうだわ、私の水魔法でアレを呼び出せばいいのよ!」

 リリナは周囲をさっと見渡し、近くに人気がないのを確認する。
 今からすることは、決して誰にも見られてはいけない。
 それは、リリナが初めて杖をつかって呪文を詠唱したときに、発動した魔法だ。
 ハーカナ子爵夫妻からは、厳しく使用を禁止されているのだが――。
 砂浜から波打ち際まで近寄り、腰から金色の杖をすっと抜く。

《我が呼びかけに応えよ僕、そして我が命に従え》

 呪文を唱えて、金色の杖を海の中でちゃぷちゃぷと振る。
 すると、ホタルイカのような小さな生き物が、ぷかりと浮いてきた。

「やったわ! 海水でも魔物の召喚は成功するのね! ……それにしても、何ていう魔物かしら? 見た目が気持ち悪いわ」

 リリナは呼び出した魔物のグロテスクな外見に、顔をしかめる。
 その魔物は吸盤のついた脚を伸ばし、リリナの金の杖に巻きつこうとしていた。

「ちょっと、こっちじゃないわよ。あんたに隠してもらいたいのは、こっち」

 リリナが、古都子の髪飾りとブレスレットを取り出す。
 
「これを持って、うんと沖の方まで行ってちょうだい。絶対に白土さんに、見つからないようにね」

 ホタルイカのような生き物は、髪飾りとブレスレットを、嬉しそうに抱き締める。
 これはうまくいきそうだ、とリリナがほくそ笑んだとき、ふっと辺りが暗くなった。
 
「なに? どうしたの? さっきまで陽光が射していたのに、雨雲でも湧いたのかしら?」

 波打ち際でしゃがんでいたリリナが立ち上がり、空を見ると――そこには太陽が隠れるほど大きなイカの怪物がいた。

 ばしゃん!

 リリナは浅瀬で尻もちをつく。

「ひぃ……なによ、こいつ!」

 イカの怪物は、どろりと澱んだ目をリリナへ向け、長い触腕をしゅるりと伸ばしてきた。

「いや! あっちいけ!」

 リリナは杖を振り、水を噴射して応戦する。
 しかし、ぶよぶよした体表のイカの怪物には、まるで効いていない。
 ぬるりとリリナの腰へ触腕を巻きつけ、リリナを高々と抱え上げてしまう。

「きゃああああ! 誰か! 助けて!」

 人気がなかった砂浜の一角だったが、リリナの悲鳴に何人かの生徒が気づいた。
 そしてイカの怪物を見て、慌てて施設に待機しているユリウスを呼びに走る。

「ちょっと! 先に助けなさいよ! こいつに魔法をつかいなさいよ!」

 イカの怪物に捕まれているリリナは、なんとか触腕から逃れようと藻掻く。
 だが、抵抗されたのが癇に障ったのか、イカの怪物はさらに力を込めてリリナを捕縛する。
 
「ぐええええ!」
「泉さん!? これは……!?」

 施設がある方角とは反対側で、海の生きものを観察していた古都子と晴臣、ミカエルとソフィア、オラヴィとエッラが、リリナの呻き声を聞いて駆け付ける。
 遠くからでも分かるほど、イカの怪物は巨体だ。
 一年生の野外活動で出会ったゴーレムの、倍はありそうだった。
 ぬらぬらした体は目まぐるしく色彩が変わり、イルミネーションのように見える。

「大王イカだ!」
「なんだってこんな浅瀬にいるんですかね?」

 目を見開くミカエルと溜め息をつくオラヴィ。
 
「エッラ、リリナさんを救出できる?」
「イカを燃やしてみましょうか?」

 ソフィアの質問に、エッラが手のひらに火を灯す。

「待ってください! これは海の魔物です!」

 今にも火の玉を当てようとしたエッラが、古都子の静止に手を引っ込める。
 古都子はこの巨大なイカが、『魔物について』に載っていたのを読んだ。
 本来はとても大人しい気質で、ちょっとした習性がある。

「この魔物はキラキラしたものが好きなんです。それを与えれば、満足して海に帰ります」
「キラキラしたもの? もしかして、ミカエルの贈り物に反応しているのかしら?」
 
 ソフィアがこの状況を正しく判断した。
 イカの触腕にぐるぐる巻きにされているリリナの手には、輝く金の杖がある。
 
「泉さん、杖を手放してください。そうすれば放してもらえます」
「いやよ! これは私とミカエルさまの愛の証なのよ! そして私がミカエルさまの婚約者になるんだから!」
「え~、そんなつもりは全然ないのに……」

 古都子とリリナの問答に、ミカエルの情けない台詞が挟まる。

「ミカエル殿下が紛らわしいことをするから、こんな事態になったんでしょう。反省するべきですね」

 オラヴィの長い説教が始まった。
 混乱している場に、ユリウスがやってきたのは間もなくだった。
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