異世界の魔法学園には事件がいっぱい!?~無口な幼馴染ヒーローと美少女のいじめっ子が同級生なんて聞いてません~
4話 フィーロネン村での新生活
それから古都子は、イルッカおじいさんとヘルミおばあさんと一緒に、暮らし始めた。
現代日本の生活様式に慣れていた古都子だったが、キャンプだと思えば大丈夫だった。
煮炊きするには薪が必要だし、水は井戸から汲まなくてはならない。
日が昇ると共に起きて、日が沈むと共に眠る。
娯楽はおしゃべりや歌だけ。
突然、泣きたくなることもあったが、イルッカおじいさんとヘルミおばあさんは、ひとりぼっちの古都子に優しかった。
それだけが救いだった。
「また作ったわよ、コトコちゃん、これが好きだと言っていたでしょう?」
「わあ、嬉しい!」
丸くて、素朴で、こんがりと焼けた優しい甘さのお菓子は、故郷の銘菓を思い出させた。
古都子は、これを牛乳と一緒に食べるのが好きだった。
イルッカおじいさんは、馬と牛と鶏を飼っていて、広い田畑で作物を育てている。
古都子はせめてお手伝いがしたいと申し出て、農作業をさせてもらっていた。
「畑の野菜は、自分たちが食べる為に作っていて、広い田んぼの穀物は、主に出荷しているんだよ」
「田んぼに生えているのは、稲?」
「今の季節は米を作っているね」
「別の季節は違う穀物を作るの?」
「秋からは大麦を植えるよ。二毛作なんだ」
イルッカおじいさんは、そこで困り顔をした。
「儂のところは問題ないんだが、人手不足で二毛作を止めた者たちがいてね。そこの田んぼは大麦ばかり作るせいか、土がすっかり痩せてしまって、収穫高が減っているんだよ」
「知ってるわ、連作障害というのでしょう?」
「コトコは物知りだねえ」
古都子の住んでいる地方は、この村のように穀倉地帯を持つ。
そこでも、米と麦の二毛作が行われていて、小学校の社会科見学では必ず学習するのだ。
「どうして稲作を止めてしまったの? 麦とくらべたら、米のほうが連作障害が起こりにくいのに」
「米は手間がかかる割に、雨量によって収穫高が左右されるからだろうねえ。それに比べたら大麦は、天候に影響を受けにくく、比較的安定しているんだ」
だが、安定しているはずの収穫高が、連作のせいで減っているのなら本末転倒だ。
「私がいた世界では、灌漑というのが大切にされていたわ。堰や溜め池を作って、常に水の供給ができるようにしていたの」
「河川から取水するための堰はあるけど……溜め池というのは初めて聞いたな。それは人工的に池を作るってことかい?」
イルッカおじいさんが興味深そうに聞いてくる。
だが、古都子には、それ以上の知識がない。
こんなことなら、もっと勉強をしておくんだった。
「多分、そうだと思う。危ないから、子どもは溜め池の近くで遊んじゃいけないって、よく注意されたの。見た目より、うんと深いからって」
「へえ、なるほどねえ。今、この村にある池は浅くて、日照りが続くと干上がってしまうんだが、それを深くすれば、溜め池とやらになるかもしれないな」
カーポ村長に打診してみる価値はあるぞ、とイルッカおじいさんは嬉しそうだった。
実際、すぐに打診をしたらしく、カーポ村長も乗り気で領主へ話を持っていったそうだ。
古都子は、わずかなことだが、自分が役に立てたのが嬉しかった。
それからも古都子は、お手伝いを頑張った。
田んぼでは、イルッカおじいさんと一緒に裸足になって水田の雑草を抜き、畑では、ヘルミおばあさんと汗をかきながらトウモロコシを収穫した。
たくさん動いてぐっすり眠れば、嫌な夢は見なかった。
「コトコが教えてくれた溜め池の話なんじゃが、どうやら領主さまが本腰を入れて取り組むそうじゃよ」
毎日、忙しくしていたら、わざわざカーポ村長が家までやってきて教えてくれた。
ちなみに領主というのは、この辺り一帯を管轄している、貴族なのだそうだ。
「いつか、コトコにも会ってみたいと仰っていた。溜め池の工事が始まれば、この村へ視察に来られるだろう」
偉い人と会うのは緊張する。
そして、古都子が思っていたよりも、その邂逅はすぐだった。
◇◆◇
「初めまして、お嬢さん。私はホランティ伯爵という」
水色の髪を結いあげた、30代に見える男装の美女が古都子を訪ねて来た。
「こ、こんにちは。白土古都子です」
ちょうど農作業をしていた古都子は、麦わら帽子を取っておじぎをした。
両脇には、イルッカおじいさんとヘルミおばあさんが、一緒にいてくれる。
それが古都子には心強かった。
「領主さま、足を運んでいただき、ありがとうございます」
イルッカおじいさんが頭を下げる。
それに対して、ホランティ伯爵は微笑んでみせた。
「イルッカ、よくぞコトコを保護してくれた。異世界人はこの世界にとって宝となる。見つけた場合は手厚くもてなすように、国王陛下からもお達しがあっているのだ」
「へえ、それは知りませんで」
「いたずらに異世界人の存在を広めてしまえば、狙われる可能性があるからな。こうして無事に生存していられたのは、本当に運が良かった」
不埒な輩から護るため、カーポ村長などリーダー的人物にのみ、その存在が明らかにされているという。
中には保護される前に魔法目当てで拉致監禁され、人身売買されることもあるのだが、古都子を怖がらせないように、ホランティ伯爵はそうした説明を省いた。
「さて、コトコよ、このたびは溜め池の知識を披露してくれて感謝する。このフィーロネン村は、過去に耕作地を拡げ過ぎたせいで、どうしても利水の不便な土地があってな」
眉根を寄せたホランティ伯爵は、これまでの苦労を思い出しているようだ。
「だから、そうした土地を任せている者には、雨量の少ない年は多大な労力を強いてしまっていた。このたび、今ある池を溜め池に変える工事をして、改善を図ってみるつもりだ」
ありがとう、と古都子に礼を言うホランティ伯爵は、特権階級にあぐらをかくタイプではなさそうだ。
ホランティ伯爵の後ろからついてきていたカーポ村長が、工事の方法をイルッカに話している。
「池の水が少ない内に、底を浚渫しようって計画なんじゃ」
「人手はどうする? 今、稲作をやっていない家に声をかけるか?」
そこへホランティ伯爵も加わった。
「溜め池の工事は大掛かりになる。とてもフィーロネン村の人手だけでは無理だろう」
「では、どうするんですか?」
「別の村で、鉱山の崩落事故が起きてね。そこで働いていた村民たちは、坑内の安全確保がなされるまで、仕事を失ってしまったんだ。彼らをこちらの村で、働かせたい」
「なるほど、そりゃあいい案ですね」
イルッカが、ぽんと手を打ち鳴らす。
続けるようにカーポ村長がお願いをする。
「そのために今、空き家になっている小屋を、寝泊まりができるように整えているんじゃ。フィーロネン村は助けてもらう側じゃから、せめて働き手の三食の世話はしてやりたい。イルッカとヘルミの畑からも、農作物を提供してもらえると助かる」
「それはまったく構わんよなあ、ヘルミ?」
「村長さん、今はコトコちゃんがお手伝いしてくれるから、たくさん実りがあるんですよ。いくらでも使ってください」
「もちろん、農作物の買い取り料は、私が支払うよ」
大人たちの間で、とんとん拍子に話が進んでいく。
古都子は、自分のなんてことない発言が、大事になっていく様を見て恐縮した。
そんな古都子の目線に合わせるように、ホランティ伯爵がそっと身をかがめる。
「コトコよ、まだ魔法は使えないそうだね」
「はい、使えません」
「だが、君は間違いなく異世界人だ。いずれ力が湧き出て、その身から魔法が発動するだろう」
ぎゅっと古都子は手の中の麦わら帽子を握りしめる。
未知のものは恐ろしい。
「怖がらなくていい。たいてい最初は、小さな魔法しか使えない。子どもの魔力量は少ないから、いきなり暴発したりはしないんだ」
「そうなんですか?」
ホランティ伯爵は貴族だ。
魔法を使える側の人だ。
「ちょっとした違和感から始まる。あれ? 今のは何だろう? と思ったら、それが魔法だったというのが、私の経験だよ」
そう言うと、ホランティ伯爵は手のひらを上向かせた。
すると、そこに小さな風の渦が出来上がる。
古都子が目を見開いて見入っていると、ホランティ伯爵がふふっと笑った。
「これが私の魔法だ。私は風使いなんだ」
現代日本の生活様式に慣れていた古都子だったが、キャンプだと思えば大丈夫だった。
煮炊きするには薪が必要だし、水は井戸から汲まなくてはならない。
日が昇ると共に起きて、日が沈むと共に眠る。
娯楽はおしゃべりや歌だけ。
突然、泣きたくなることもあったが、イルッカおじいさんとヘルミおばあさんは、ひとりぼっちの古都子に優しかった。
それだけが救いだった。
「また作ったわよ、コトコちゃん、これが好きだと言っていたでしょう?」
「わあ、嬉しい!」
丸くて、素朴で、こんがりと焼けた優しい甘さのお菓子は、故郷の銘菓を思い出させた。
古都子は、これを牛乳と一緒に食べるのが好きだった。
イルッカおじいさんは、馬と牛と鶏を飼っていて、広い田畑で作物を育てている。
古都子はせめてお手伝いがしたいと申し出て、農作業をさせてもらっていた。
「畑の野菜は、自分たちが食べる為に作っていて、広い田んぼの穀物は、主に出荷しているんだよ」
「田んぼに生えているのは、稲?」
「今の季節は米を作っているね」
「別の季節は違う穀物を作るの?」
「秋からは大麦を植えるよ。二毛作なんだ」
イルッカおじいさんは、そこで困り顔をした。
「儂のところは問題ないんだが、人手不足で二毛作を止めた者たちがいてね。そこの田んぼは大麦ばかり作るせいか、土がすっかり痩せてしまって、収穫高が減っているんだよ」
「知ってるわ、連作障害というのでしょう?」
「コトコは物知りだねえ」
古都子の住んでいる地方は、この村のように穀倉地帯を持つ。
そこでも、米と麦の二毛作が行われていて、小学校の社会科見学では必ず学習するのだ。
「どうして稲作を止めてしまったの? 麦とくらべたら、米のほうが連作障害が起こりにくいのに」
「米は手間がかかる割に、雨量によって収穫高が左右されるからだろうねえ。それに比べたら大麦は、天候に影響を受けにくく、比較的安定しているんだ」
だが、安定しているはずの収穫高が、連作のせいで減っているのなら本末転倒だ。
「私がいた世界では、灌漑というのが大切にされていたわ。堰や溜め池を作って、常に水の供給ができるようにしていたの」
「河川から取水するための堰はあるけど……溜め池というのは初めて聞いたな。それは人工的に池を作るってことかい?」
イルッカおじいさんが興味深そうに聞いてくる。
だが、古都子には、それ以上の知識がない。
こんなことなら、もっと勉強をしておくんだった。
「多分、そうだと思う。危ないから、子どもは溜め池の近くで遊んじゃいけないって、よく注意されたの。見た目より、うんと深いからって」
「へえ、なるほどねえ。今、この村にある池は浅くて、日照りが続くと干上がってしまうんだが、それを深くすれば、溜め池とやらになるかもしれないな」
カーポ村長に打診してみる価値はあるぞ、とイルッカおじいさんは嬉しそうだった。
実際、すぐに打診をしたらしく、カーポ村長も乗り気で領主へ話を持っていったそうだ。
古都子は、わずかなことだが、自分が役に立てたのが嬉しかった。
それからも古都子は、お手伝いを頑張った。
田んぼでは、イルッカおじいさんと一緒に裸足になって水田の雑草を抜き、畑では、ヘルミおばあさんと汗をかきながらトウモロコシを収穫した。
たくさん動いてぐっすり眠れば、嫌な夢は見なかった。
「コトコが教えてくれた溜め池の話なんじゃが、どうやら領主さまが本腰を入れて取り組むそうじゃよ」
毎日、忙しくしていたら、わざわざカーポ村長が家までやってきて教えてくれた。
ちなみに領主というのは、この辺り一帯を管轄している、貴族なのだそうだ。
「いつか、コトコにも会ってみたいと仰っていた。溜め池の工事が始まれば、この村へ視察に来られるだろう」
偉い人と会うのは緊張する。
そして、古都子が思っていたよりも、その邂逅はすぐだった。
◇◆◇
「初めまして、お嬢さん。私はホランティ伯爵という」
水色の髪を結いあげた、30代に見える男装の美女が古都子を訪ねて来た。
「こ、こんにちは。白土古都子です」
ちょうど農作業をしていた古都子は、麦わら帽子を取っておじぎをした。
両脇には、イルッカおじいさんとヘルミおばあさんが、一緒にいてくれる。
それが古都子には心強かった。
「領主さま、足を運んでいただき、ありがとうございます」
イルッカおじいさんが頭を下げる。
それに対して、ホランティ伯爵は微笑んでみせた。
「イルッカ、よくぞコトコを保護してくれた。異世界人はこの世界にとって宝となる。見つけた場合は手厚くもてなすように、国王陛下からもお達しがあっているのだ」
「へえ、それは知りませんで」
「いたずらに異世界人の存在を広めてしまえば、狙われる可能性があるからな。こうして無事に生存していられたのは、本当に運が良かった」
不埒な輩から護るため、カーポ村長などリーダー的人物にのみ、その存在が明らかにされているという。
中には保護される前に魔法目当てで拉致監禁され、人身売買されることもあるのだが、古都子を怖がらせないように、ホランティ伯爵はそうした説明を省いた。
「さて、コトコよ、このたびは溜め池の知識を披露してくれて感謝する。このフィーロネン村は、過去に耕作地を拡げ過ぎたせいで、どうしても利水の不便な土地があってな」
眉根を寄せたホランティ伯爵は、これまでの苦労を思い出しているようだ。
「だから、そうした土地を任せている者には、雨量の少ない年は多大な労力を強いてしまっていた。このたび、今ある池を溜め池に変える工事をして、改善を図ってみるつもりだ」
ありがとう、と古都子に礼を言うホランティ伯爵は、特権階級にあぐらをかくタイプではなさそうだ。
ホランティ伯爵の後ろからついてきていたカーポ村長が、工事の方法をイルッカに話している。
「池の水が少ない内に、底を浚渫しようって計画なんじゃ」
「人手はどうする? 今、稲作をやっていない家に声をかけるか?」
そこへホランティ伯爵も加わった。
「溜め池の工事は大掛かりになる。とてもフィーロネン村の人手だけでは無理だろう」
「では、どうするんですか?」
「別の村で、鉱山の崩落事故が起きてね。そこで働いていた村民たちは、坑内の安全確保がなされるまで、仕事を失ってしまったんだ。彼らをこちらの村で、働かせたい」
「なるほど、そりゃあいい案ですね」
イルッカが、ぽんと手を打ち鳴らす。
続けるようにカーポ村長がお願いをする。
「そのために今、空き家になっている小屋を、寝泊まりができるように整えているんじゃ。フィーロネン村は助けてもらう側じゃから、せめて働き手の三食の世話はしてやりたい。イルッカとヘルミの畑からも、農作物を提供してもらえると助かる」
「それはまったく構わんよなあ、ヘルミ?」
「村長さん、今はコトコちゃんがお手伝いしてくれるから、たくさん実りがあるんですよ。いくらでも使ってください」
「もちろん、農作物の買い取り料は、私が支払うよ」
大人たちの間で、とんとん拍子に話が進んでいく。
古都子は、自分のなんてことない発言が、大事になっていく様を見て恐縮した。
そんな古都子の目線に合わせるように、ホランティ伯爵がそっと身をかがめる。
「コトコよ、まだ魔法は使えないそうだね」
「はい、使えません」
「だが、君は間違いなく異世界人だ。いずれ力が湧き出て、その身から魔法が発動するだろう」
ぎゅっと古都子は手の中の麦わら帽子を握りしめる。
未知のものは恐ろしい。
「怖がらなくていい。たいてい最初は、小さな魔法しか使えない。子どもの魔力量は少ないから、いきなり暴発したりはしないんだ」
「そうなんですか?」
ホランティ伯爵は貴族だ。
魔法を使える側の人だ。
「ちょっとした違和感から始まる。あれ? 今のは何だろう? と思ったら、それが魔法だったというのが、私の経験だよ」
そう言うと、ホランティ伯爵は手のひらを上向かせた。
すると、そこに小さな風の渦が出来上がる。
古都子が目を見開いて見入っていると、ホランティ伯爵がふふっと笑った。
「これが私の魔法だ。私は風使いなんだ」