異世界の魔法学園には事件がいっぱい!?~無口な幼馴染ヒーローと美少女のいじめっ子が同級生なんて聞いてません~
9話 憧れる大人の女性
「なるほど、専門家の意見と一致する。問題は地下水だ。坑道の補強はしたが、果たして大丈夫かどうか」
「いくつか、坑道の脇から水が噴き出そうな場所があります」
「ずいぶん水抜きをしたはずですが、まだ出るとは困りましたな」
古都子の報告に、ホランティ伯爵とレンニ村長は憂い顔になる。
そのとき、古都子の感覚に、何かが訴えてきた。
(これは、知ってる匂い――でも、どこで嗅いだかな?)
首をかしげていると、レンニ村長のがっかりした声が聞こえた。
「せめて温かければ、抜いた水を温泉として使えるんですがね」
この言葉に、古都子の記憶が呼び起こされる。
(そうだ、これは湯の花の匂いだ)
古都子の住んでいた町にも、硫黄泉があった。
子どもの頃はよく連れて行ってもらったが、年頃になると裸の付き合いが恥ずかしくなって、通わなくなったのだ。
古都子は、土に集中していた意識を戻して、レンニ村長へ話しかけた。
「私の住んでいた町では、ちょうどいい温度になるように、温め直して使用していた記憶があります」
「温泉を知っているんだね。それなら湯の花という温泉成分も分かるかな?」
古都子が頷くと、レンニ村長が続きを説明してくれる。
「水温が冷たいと、湯の花は沈殿する。だから温めないと、温泉としては使えないんだ。だがサイッコネン村にはすでに温泉が出ているから、温め直すほど温泉に困っているわけでもない。となると出た水は、湯の花を取り除いて下水へ流すしかないが、水量が多いとそれにお金がかかるんだよ」
古都子の知らないことばかりだった。
単純に、温泉を掘り当てればラッキーとはならないのか。
「難しいんですね。温め直すくらいなら、できそうだと思ったんですけど」
「コトコ、それはどういう意味?」
古都子の発言に、ホランティ伯爵が喰いついてきた。
「温泉がすでにあるということは、地熱があるということですよね? だったら、ここの水を温泉の水脈まで誘導すれば、なんとかなるのかなって」
「なるほど……」
ホランティ伯爵が目を閉じて、何かを熱心に考え出した。
そして、思いついた考えを披露した。
「サイッコネン村に、観光客向けの、新たな温泉施設を作ろう」
「領主さま、それは一体?」
レンニ村長が目を白黒させる。
「温泉にすれば、地下水も価値が上がる。排水処理に金をかけるくらいなら、むしろ温泉にして金を稼いでもらおうという訳だ。幸い、サイッコネン村は鉄道で他都市と繋がっている。比較的、観光客も呼びやすいだろう」
古都子も驚いた。
ホランティ伯爵のアイデアは、いささか突飛すぎやしないか。
しかし、ホランティ伯爵はいい笑顔をしている。
「もともと、サイッコネン村の温泉は良質だと思っていたんだ。これまでも鉱夫たちを癒してくれたが、これからはそれを売りにできるだろう」
ホランティ伯爵の頭の中では、凄い勢いで計画が組み立てられているようだ。
「崩落事故で負った怪我のせいで、何人かの鉱夫は一家を支える仕事を失った。彼らが就ける、観光業という仕事をこの村に生み出したい」
ホランティ伯爵の美しい瞳の奥には、英知と人情が輝いている。
古都子は眩しい思いでホランティ伯爵を見つめた。
(すごい……私、こんな大人になりたい)
このときから、ホランティ伯爵が古都子の憧れの女性になった。
◇◆◇
坑道の安全性をより高めるために、先に温泉施設を建造して、そこへ鉱脈付近の噴き出しそうな水を導くと決まった。
水を誘導する前に、温泉と同じく地熱の近くを通し、適温にする作業が古都子の仕事だ。
そしてその後、もう一度、坑道の補強と安全性を確認する。
「その段階になったら、手を貸してもらいたい」
ホランティ伯爵からそう頼まれて、古都子は頷いた。
新しい取り組みに、これからサイッコネン村は忙しくなる。
ホランティ伯爵もかかり切りになることだろう。
「いつでも声をかけてください。それまでに、また腕を上げておきます」
古都子の頼もしい返事に、ホランティ伯爵は声をあげて笑った。
「いいね、コトコ。その調子だよ。せっかく身につけた土魔法だ。自分の思うようにつかうといい」
ホランティ伯爵の後押しも受けて、古都子はそれからも自分に何ができるのかを考えて過ごした。
そして異世界で、15歳を迎えたのだった。
◇◆◇
「コトコ、ここで最後だ。よろしく頼むよ」
稲作を控えた初夏、フィーロネン村では、水路の浚渫が行われていた。
早く言えば泥攫いなのだが、古都子の提案で攫った泥を、畑の追肥にしているところだ。
「漫画で読んだことがあるの。水底に溜まった泥には、養分がたくさん含まれていて、いい肥料になるんだって」
泥を攫うのも、それを畑に混ぜ込むのも、すべて古都子の土魔法で行っている。
広大な村を潤す全ての水路を対象として土魔法をかけているのだから、古都子の魔法は右肩上がりにレベルアップしていた。
「これまでは各々、手が空いたときにやっていたが、泥攫いっていうのは同時にやると効果的なんだ」
「雨期の前に、終わらせられるのは助かるのう」
イルッカおじいさんとカーポ村長の言葉に励まされ、古都子は全力投球だ。
すっかり慣れ親しんだフィーロネン村の田畑とは、すでに以心伝心。
古都子のお願いを、素早く察知した土たちは、我先にと動き出す。
(さあ、行くわよ! 養分たっぷりの泥は、水底から畑へ移動して!)
ずぞぞぞぞっ!
知らぬ者が見れば、ヘドロが移動していると思うだろう。
古都子の土魔法は土を従え、自由自在に動かすまでになっていた。
(作物の根から、吸収されやすい深さに潜りこんで! それぞれ種類によって、根の深さは違うよ!)
泥は畑の畝に侵入すると、植えられている野菜に合わせて、定着する位置を変える。
そして古都子の要望通りに作物を取り囲み、沈静化した。
「ふう、これでよし!」
「お疲れ様、コトコちゃん。さあ、休憩しましょう」
額の汗をぬぐった古都子を、ヘルミおばあさんが木陰へ誘う。
初夏とはいえ、日差しはすでに暑い。
差し出された冷たいレモン水が、火照った体に心地よかった。
「去年、コトコちゃんが手伝ってくれたおかげで、村では米が豊作だったでしょう。それで領主さまから村のみんなへ、特別手当が出たのよ。コトコちゃんの分も預かってきたわ」
ヘルミおばあさんが、小さな巾着を古都子へ渡す。
ちゃりんと音がしたので、中には硬貨が入っているのだろう。
「これは、この世界のお金?」
「銀貨が入っているわ。この村にいる間はあまり必要ないけれど、魔法学園に行ったら、買いたいものが見つかるかもしれないから。今から使い方を覚えるといいと思って」
フィーロネン村で古都子が必要なものはすべて、イルッカおじいさんやヘルミおばあさんが買ってくれた。
だが村では物々交換も多いので、硬貨を見る場面は少ない。
古都子は巾着の口を開け、中から銀貨を一枚取り出してみる。
鈍く光る銀貨には、柊の冠と10という数字が表裏に描かれている。
「これは、どれくらいの価値があるの?」
「そうね、銀貨一枚で、村の食堂の夜ご飯が食べられるわね」
朝と昼は簡単な食事が出るが、夜はやや豪華な食事が出る。
それを考えると、日本円にして千円程度だと思えばいいだろうか。
まだこちらの物価が古都子にはよく分からない。
覗き込んだ巾着の中には、まだ10枚ほど銀貨が入っている。
「こんなにもらっていいの?」
「コトコちゃんには、本当はもっと多くの特別手当が用意されているの。だけど、一度にもらっても困るでしょうから、小分けにして渡すようにと領主さまが仰ってね」
ちなみに、魔法学園で必要な制服や教科書は、ホランティ伯爵が用意してくれるそうだ。
「来年には、コトコちゃんも16歳だものね。そろそろ旅立ちのために、準備を始めるのもいいかと思って」
「このお金で、買い物をする練習をしたらいいのね?」
古都子は、ここを旅立つ前に、買いたいものがあった。
それはイルッカおじいさんとヘルミおばあさんへの贈り物だった。
「いくつか、坑道の脇から水が噴き出そうな場所があります」
「ずいぶん水抜きをしたはずですが、まだ出るとは困りましたな」
古都子の報告に、ホランティ伯爵とレンニ村長は憂い顔になる。
そのとき、古都子の感覚に、何かが訴えてきた。
(これは、知ってる匂い――でも、どこで嗅いだかな?)
首をかしげていると、レンニ村長のがっかりした声が聞こえた。
「せめて温かければ、抜いた水を温泉として使えるんですがね」
この言葉に、古都子の記憶が呼び起こされる。
(そうだ、これは湯の花の匂いだ)
古都子の住んでいた町にも、硫黄泉があった。
子どもの頃はよく連れて行ってもらったが、年頃になると裸の付き合いが恥ずかしくなって、通わなくなったのだ。
古都子は、土に集中していた意識を戻して、レンニ村長へ話しかけた。
「私の住んでいた町では、ちょうどいい温度になるように、温め直して使用していた記憶があります」
「温泉を知っているんだね。それなら湯の花という温泉成分も分かるかな?」
古都子が頷くと、レンニ村長が続きを説明してくれる。
「水温が冷たいと、湯の花は沈殿する。だから温めないと、温泉としては使えないんだ。だがサイッコネン村にはすでに温泉が出ているから、温め直すほど温泉に困っているわけでもない。となると出た水は、湯の花を取り除いて下水へ流すしかないが、水量が多いとそれにお金がかかるんだよ」
古都子の知らないことばかりだった。
単純に、温泉を掘り当てればラッキーとはならないのか。
「難しいんですね。温め直すくらいなら、できそうだと思ったんですけど」
「コトコ、それはどういう意味?」
古都子の発言に、ホランティ伯爵が喰いついてきた。
「温泉がすでにあるということは、地熱があるということですよね? だったら、ここの水を温泉の水脈まで誘導すれば、なんとかなるのかなって」
「なるほど……」
ホランティ伯爵が目を閉じて、何かを熱心に考え出した。
そして、思いついた考えを披露した。
「サイッコネン村に、観光客向けの、新たな温泉施設を作ろう」
「領主さま、それは一体?」
レンニ村長が目を白黒させる。
「温泉にすれば、地下水も価値が上がる。排水処理に金をかけるくらいなら、むしろ温泉にして金を稼いでもらおうという訳だ。幸い、サイッコネン村は鉄道で他都市と繋がっている。比較的、観光客も呼びやすいだろう」
古都子も驚いた。
ホランティ伯爵のアイデアは、いささか突飛すぎやしないか。
しかし、ホランティ伯爵はいい笑顔をしている。
「もともと、サイッコネン村の温泉は良質だと思っていたんだ。これまでも鉱夫たちを癒してくれたが、これからはそれを売りにできるだろう」
ホランティ伯爵の頭の中では、凄い勢いで計画が組み立てられているようだ。
「崩落事故で負った怪我のせいで、何人かの鉱夫は一家を支える仕事を失った。彼らが就ける、観光業という仕事をこの村に生み出したい」
ホランティ伯爵の美しい瞳の奥には、英知と人情が輝いている。
古都子は眩しい思いでホランティ伯爵を見つめた。
(すごい……私、こんな大人になりたい)
このときから、ホランティ伯爵が古都子の憧れの女性になった。
◇◆◇
坑道の安全性をより高めるために、先に温泉施設を建造して、そこへ鉱脈付近の噴き出しそうな水を導くと決まった。
水を誘導する前に、温泉と同じく地熱の近くを通し、適温にする作業が古都子の仕事だ。
そしてその後、もう一度、坑道の補強と安全性を確認する。
「その段階になったら、手を貸してもらいたい」
ホランティ伯爵からそう頼まれて、古都子は頷いた。
新しい取り組みに、これからサイッコネン村は忙しくなる。
ホランティ伯爵もかかり切りになることだろう。
「いつでも声をかけてください。それまでに、また腕を上げておきます」
古都子の頼もしい返事に、ホランティ伯爵は声をあげて笑った。
「いいね、コトコ。その調子だよ。せっかく身につけた土魔法だ。自分の思うようにつかうといい」
ホランティ伯爵の後押しも受けて、古都子はそれからも自分に何ができるのかを考えて過ごした。
そして異世界で、15歳を迎えたのだった。
◇◆◇
「コトコ、ここで最後だ。よろしく頼むよ」
稲作を控えた初夏、フィーロネン村では、水路の浚渫が行われていた。
早く言えば泥攫いなのだが、古都子の提案で攫った泥を、畑の追肥にしているところだ。
「漫画で読んだことがあるの。水底に溜まった泥には、養分がたくさん含まれていて、いい肥料になるんだって」
泥を攫うのも、それを畑に混ぜ込むのも、すべて古都子の土魔法で行っている。
広大な村を潤す全ての水路を対象として土魔法をかけているのだから、古都子の魔法は右肩上がりにレベルアップしていた。
「これまでは各々、手が空いたときにやっていたが、泥攫いっていうのは同時にやると効果的なんだ」
「雨期の前に、終わらせられるのは助かるのう」
イルッカおじいさんとカーポ村長の言葉に励まされ、古都子は全力投球だ。
すっかり慣れ親しんだフィーロネン村の田畑とは、すでに以心伝心。
古都子のお願いを、素早く察知した土たちは、我先にと動き出す。
(さあ、行くわよ! 養分たっぷりの泥は、水底から畑へ移動して!)
ずぞぞぞぞっ!
知らぬ者が見れば、ヘドロが移動していると思うだろう。
古都子の土魔法は土を従え、自由自在に動かすまでになっていた。
(作物の根から、吸収されやすい深さに潜りこんで! それぞれ種類によって、根の深さは違うよ!)
泥は畑の畝に侵入すると、植えられている野菜に合わせて、定着する位置を変える。
そして古都子の要望通りに作物を取り囲み、沈静化した。
「ふう、これでよし!」
「お疲れ様、コトコちゃん。さあ、休憩しましょう」
額の汗をぬぐった古都子を、ヘルミおばあさんが木陰へ誘う。
初夏とはいえ、日差しはすでに暑い。
差し出された冷たいレモン水が、火照った体に心地よかった。
「去年、コトコちゃんが手伝ってくれたおかげで、村では米が豊作だったでしょう。それで領主さまから村のみんなへ、特別手当が出たのよ。コトコちゃんの分も預かってきたわ」
ヘルミおばあさんが、小さな巾着を古都子へ渡す。
ちゃりんと音がしたので、中には硬貨が入っているのだろう。
「これは、この世界のお金?」
「銀貨が入っているわ。この村にいる間はあまり必要ないけれど、魔法学園に行ったら、買いたいものが見つかるかもしれないから。今から使い方を覚えるといいと思って」
フィーロネン村で古都子が必要なものはすべて、イルッカおじいさんやヘルミおばあさんが買ってくれた。
だが村では物々交換も多いので、硬貨を見る場面は少ない。
古都子は巾着の口を開け、中から銀貨を一枚取り出してみる。
鈍く光る銀貨には、柊の冠と10という数字が表裏に描かれている。
「これは、どれくらいの価値があるの?」
「そうね、銀貨一枚で、村の食堂の夜ご飯が食べられるわね」
朝と昼は簡単な食事が出るが、夜はやや豪華な食事が出る。
それを考えると、日本円にして千円程度だと思えばいいだろうか。
まだこちらの物価が古都子にはよく分からない。
覗き込んだ巾着の中には、まだ10枚ほど銀貨が入っている。
「こんなにもらっていいの?」
「コトコちゃんには、本当はもっと多くの特別手当が用意されているの。だけど、一度にもらっても困るでしょうから、小分けにして渡すようにと領主さまが仰ってね」
ちなみに、魔法学園で必要な制服や教科書は、ホランティ伯爵が用意してくれるそうだ。
「来年には、コトコちゃんも16歳だものね。そろそろ旅立ちのために、準備を始めるのもいいかと思って」
「このお金で、買い物をする練習をしたらいいのね?」
古都子は、ここを旅立つ前に、買いたいものがあった。
それはイルッカおじいさんとヘルミおばあさんへの贈り物だった。