気弱令息が婚約破棄されていたから結婚してみた。
「鑑定の結果、マリーリリー様のクラスは――」
……それは十二年前の出来事。
マリーリリーが四歳の時のこと。
王宮魔術師が家族全員の前でマリーリリーのクラスを告げた。
家族は顔を見合わせて、難しい話をして、母が「正しい人間になれるように、今日から厳しくお勉強しましょうね」と頭を撫でられる。
その日から母には月に一度だけしか会えなくなり、人道と法律についての勉強を中心に詰め込まれた。
同時に淑女教育も始まり、マリーリリーの精神はすぐに限界に近くなる。
母に会いたい、母に会いたい、と毎日泣きじゃくり、ついに家庭教師が「この課題を終えたらお母様にお会いできますよ」と言うようになり、山積みの課題を泣きながらこなしたが、多すぎて全然終わらず母に会えないまま。
「え、おかあさまにあえるの!?」
「はい。本日はマリーリリー様の婚約者との対面ですから」
「こんやくしゃ?」
婚約者、と言われて首を傾げておめかしして連れていかれた先にいたのはおどおどしている男の子。
この子が婚約者だといわれ、成長するにつれ母親よりも彼と面会することが増える。
婚約者の意味も理解し、将来この男と結婚するのだと思うと癇癪を起こすようになった。
自分は本当に頑張っているのに、将来はこんな弱弱しく、頼りない男と結婚するなんて!
「どうしてわたくしがあんななよなよしい男と結婚しなきゃいけないのよ!」
ドン、と小さな椅子をドアの方にぶん投げた。
大きな音を立てると侍女たちがビクッと肩を震わせる。
その怒りが頂点に達したのは十六歳の時。
兄の婚約パーティーの時に、婚約者であるジェラール・マティアスに婚約破棄を突きつけた。
「あー、すっきりした!」
と、パーティーから自室に帰ってドレスも化粧もそのままにベッドに転がる。
侍女たちはなにも言わない。
マリーリリーが「やって」というまでは動かないように、言い含めてきた。
それが守れない侍女はすぐにクビにしてきたので、侍女たちも弁えているのだ。
兄や兄嫁の王子妃、王妃である母は顔を合わせる度にマリーリリーに小言を言うようになってきたので、あんなに大好きだった母も最近は嫌いになってきてしまった。
あんなに努力してきたのに、そんな自分に会ってもくれなかった母。
自分が寂しがっていても、手紙しかくれなかった父や兄たち。
(嫌い。みんな嫌いよ。なにがサタンクラスなのだから、法と人道を重んじる淑女になれ、よ!)
誰が言い出したか、いつの間にかマリーリリーのクラスは『ウィザード』だという噂が出回っていた。
王族は直接聞かれない限り訂正はしないので、マリーリリーのクラスは「実はサタンクラスなのに、ウィザードと偽っている」という噂に変わってきている。
それも面白くなかった。
けれど、わざわざ訂正する気も起きなかった。
訂正しても「やっぱりサタンクラスだった」と偏見で見られるのが想像に難しくない。
そう、本当に――
(なにもかも気に入らない! 嫌い嫌い! みんな大嫌いよ!)
そんな婚約破棄を突きつけたパーティーのあと、月に一度の家族が揃う朝食会につまらない顔のまま参加したマリーリリーに父王が「お前とジェラールとの婚約は破棄になった」と事務的に告げた。
ふん、と鼻で笑って「さようですか」と答える。
「マリーリリー、私は私とメアーリュとの婚約パーティーであのような常識はずれな行動をされて、とても恥をかいたのだが……兄に謝罪の一つもするつもりはないのかい?」
「は? なんでわたくしが? そもそも、あんな弱っちくて頼りない男と、わたくしが結婚しなければならない理由がわかりませんわ!」
父王と母、兄たちが困ったように顔を見合わせる。
その、彼らだけの空気感が気に入らない。
「なによ! 言いたいことがあるなら、言えばいいではないですか!」
「マリーリリー、ジェラールは雑念を体内に取り込みやすい。サタンクラスのお前が彼の体調を整えてやれれば、よい夫婦になれると我らは思って――」
「そんな軟弱な者とわたくしを結婚させて、わたくしまで馬鹿にされることをお望みだったということですか!?」
「そうではない。お前の評価もジェラールを大事にすれば……」
「冗談ではないですわ! わたくし、この国で一番強い男とでないと結婚しません!」
そう宣言すると、長兄コーネリスが「僕はもうエメリルと結婚しているし、お前のような勉強もできない、淑女らしさのかけらもない癇癪持ちの女と結婚はしたくないよ」とフォークの先を回しながら口にする。
行儀が悪くとも、大陸内でも希少なキングクラスを持つ王太子のコーネリスに意見する者は次兄のアースレイくらいなものだ。
次兄アースレイも、キングクラス。
今回マリーリリーが婚約パーティーを台無しにしてしまったはそのアースレイ。
それなのにお小言で済ませてくれたのは、かなりの譲歩。
甘いと言っても差し支えないレベルだ。
それもわかっていて、マリーリリーはギリリ、と兄たちを睨みつける。
ナイトでもウィザードでも、キングクラスには敵わない。
確かにこの国で一番強いのは兄たちに違いないだろう、けれど。
「けれど実際問題、マリーリリーを貰ってくれる貴族などいます? 国外には絶対出せませんよ、もう」
「……ジェラールのところに代わりに嫁いでくれたグラティス家の五男はどうだ? 国内で十本の指には入る実力者ではあるだろう?」
「少し歳の差がありすぎでは? 末の令嬢も十九でしたよね?」
「ああ、ううん……ジェラールより一つ上であったな、そういえば」
「ジェラールのところに嫁いだのはフォリシア嬢か。彼女なら大丈夫だろう。ジェラールもよい女性を娶ったものだね。僕ののエメリルも絶対の信頼を置いていた、素晴らしい騎士だそうだ」
「僕のメアーリュもそう言っていました。騎士の中でも女騎士の立場を一気に向上させた、素晴らしい女性だそうです」
「っ!」
家族が自分以外の女を褒める。
兄に婚約者ができた時もそうだった。
あの時も気に入らなかったけれど、その女たちは王籍に入るのだから相応の能力を示すのは当然だ。
だが、その女――フォリシアというのは王家の籍に入るわけではない。
それなのに、家族がみんな手放しで褒める。
しかも「彼女にならジェラールを守ってくれるだろう」と軟弱で頼りない男の心配までする。
いくら親戚筋と言っても、臣下のことをそこまで気にかけるなんて。
「気分が悪いので失礼いたしますわ!」
「マリーリリー? 待ちなさい、話はまだ……!」
父王がなにか言っていたが、最後まで聞いていられなかった。
嫌な気持ちが、溢れ出しそうだ。
(嫌い嫌い嫌い、みんな、嫌いよ!)
その思いが瘴気にまで到達するのに、時間はかからない――。