気弱令息が婚約破棄されていたから結婚してみた。

「嫁として、ジェラール様のところに夜這いに行くのはありだろうか?」
「本日は微熱がおありのそうですから、お控えくださいね」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 ピクニックの刺激が強すぎたのか、一週間ほどジェラール様は体調を崩された。
 はい、私が悪かったです。
 と、反省しそうになったが、雑念魔力が体から出て行ったことで起こる”好転反応”というものなのだそうだ。
 溢れる魔力はルビに作ってもらった魔方陣の紙で魔石を作る。
 マルセル曰く、今までで一番体調がいいという。
 しかし、一週間もベッドから起き上がれないジェラール様を思うと……子作り――夫婦の営みはお預け。
 嫁入りしてから結局一度も同じベッドで寝れていない。
 嫁として嫁の役割を果たさんと気合を入れてい準備万端にしているのだが、未だに純潔のままなのだが!?
 いや、もちろんジェラール様の体調が世界一大事なのは理解しているんだが、お見合いの日から私の夜は悶々としているのだ。
 あの可愛らしいジェラール様を組み敷いて、服をたくし上げ、柔肌に手を添えたらきっとか細く甘い吐息を漏らすであろう――とか。
 そのまま下着もズボンも剥いだら、純情なジェラール様の頬は真っ赤に染まり、瑠璃紺色の瞳は涙の膜で覆われ、恥辱に染まった表情をランプの僅かな明かりで覗き込めば、ますます可愛らしい声を漏らしてついには泣いてしまうんだろうな、とか。

「あああああああ!! 絶対にかわいいいいいいい!! はあ、はあ、はあ!」
「体調の件を抜きにしても結婚自体を考え直されたくなければ自重を覚えてくださいませ」
「ふごお!」

 いつの間にか鼻血が出ていたらしい。
 ルビに刺繍の試作用の布を鼻に詰められて、一瞬で染まったその色にギョッとした。

「本番で鼻血を出したら、ドン引きされるでしょうね」
「……っっっ!」

 つまり、本番では鼻血が出ないように鼻の血管と筋肉を強化し続けなければいけないのか。
 いかんな、最近気を抜きすぎていた。
 また鼻の強化を常にする訓練をしなければ。
 せっかく合法的に合法ショタのジェラール様の童貞をいただける立場に恵まれたのだから、今はまだ大人しく待つべきだ。
 急いてはことを仕損じるともいう。
 将来的にはジェラール様の大事なところの開発もして、可愛いジェラール様に懇願してもらえるような、そんな夫婦生活を……!

「涎」
「お、おっと……じゅるり……」

 い、いかんいかん。
 ルビしかいないと思うと、気が緩む。

「マルセルが警戒して『同じ部屋はまだ早い』というのも当然ですね」
「はああああ!? あの従者、私とジェラール様の新婚初夜をそんな理由で邪魔していたのか!?」
「体調の件はもちろん本当ですが、彼にはフォリシア様の雑念というか、邪念が丸見えなので警戒されているんですよ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ」

 ぐうの音も出ない真実……!

「だが、私とジェラール様は正式な夫婦なのだぞ! いくらジェラール様の従者だといっても、いつまでも邪魔するのはどうかと思う!」
「それはそうなのですが、フォリシア様の侍女としてわたくしも今のフォリシア様をジェラール様と同じ部屋にするのは危険にしか感じないのですよね」
「じゃあどうしろというんだ!」
「邪念を捨ててください」
「無理だろ!? あんなに可愛いんだぞ、ジェラール様は! なにより、私はもう国の騎士ではなくジェラール様の騎士()なのだ!」
「顔面の情報とセリフが合ってないんですよねぇ」

 鏡見ます?と、聞かれて嫌な予感しかしないので無表情になった。と、思う。
 ルビのそういうところよくないと思う、すごく。

「うーん。明日、朝食の時にジェラール様の体調がよろしければ部屋のことをお聞きになればよろしいのでは? 人目のあるところで聞いて、ジェラール様がお答えになればさすがのマルセルも強くは出られないと思いますよ。前提としてわたくしはまだ反対ですけれど」
「主人の味方を一切しようとしないのだな!?」
「そりゃあ……」

 含むところがありすぎるな!?
 しかし、ルビの提案は適切だと思う。
 熱がよほど高くなければジェラール様は朝食は私と食べてくださるし、早々に寝て明日の朝にほんわかジェラール様を拝むとするか!

「よし、寝る! おやすみ!」
「おやすみなさいませ」
「ぐうー!」
「…………」


 ◆◇◆◇◆


 というわけで、朝!
 身支度を整えてウキウキ食堂に行くとジェラール様がふわもこのカーディガンを着て、新聞を読んでおられた。
 はあーーーー!
 誰だ、あのカーディガンを選んだ者は!
 褒賞だ、褒賞!
 いや、もう勲章を与えて讃えるべき功績だ!
 か! わ! い! い!

「おはようございます、フォリシア」
「おはようございます! ジェラール様、カーディガンお似合いですね!」
「ルビが選んでくれたんです」
「…………褒賞だ」
「結構です」

 さすが私のルビ。
 私の趣味を心底理解している。神。

「フォリシアのリボンも可愛いと思います」
「え? そ、そうですか? ルビが毎朝選んでくれるのです」
「あの、もしよければこれ……」
「え?」

 と、ジェラール様が差し出してきたのは紫色のリボン。
 え? これは!?

「花の刺繍……もしかして」
「はい。あの、ハンカチの方も終わったので、確認してみてください」
「ジェラール様が縫ってくださったのですか!? わ、私に!?」
「えっと、は、はい。報償金などはいらないと、言われていたので……せめても、と思いまして……」
「あ――ありがとうございます!」

 ジェラール様からの、手縫いの刺繍リボン!

「家宝にします!」
「あ、えっと、つ、使ってください……」

 甥にあげるハンカチも、本当に刺繍してくださって……っていうか刺繍上手っ!
 本当に初めてか!?
 私なんて立体化するのに!



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