嫌われ令嬢が冷酷公爵に嫁ぐ話~幸せになるおまじない~
 櫛で髪をとかし、さらさらと下に流していく。

「なんだか、こうされるのって不思議だわ」
「何を仰いますか。あなたは公爵家の一員になったのですよ」
「そうですよね。まだ実感があまりないのです」

 さらさらと髪をとかしながら、二人は他愛のない話をする。
 好きな食べ物だとか、ジョシュアの趣味だとか。
 セーレはマイアの実家事情には触れず、話を巧みに広げていく。

 まだマイアが過剰に緊張していることを、会話の中で感じ取っていた。

「マイア様。この公爵家の皆は、旦那様も含めてあなたの味方です。
 あまり自分を卑下なさいませんよう」
「ええ……わかっているのです。ただ、私はあまりよろしくない噂が流れているでしょう? 変な目で見られないか気になってしまって」
「マイア様が自然に振る舞っていれば、あなたが悪人でないことなどわかりますよ。堂々と、ありのままでお過ごしになればいいのです」
「そんなものかしら。とにかく私は、この公爵家から追い出されなければ何でもいいわ」
「ご安心ください。旦那様はあなたを婚約破棄なんてしませんし、しようとしたら私が叱ります」
「ふふっ……セーレは頼もしいのね」

 花のようなマイアの笑顔に、セーレは思わず目がくらんだ。
 こんな純粋な令嬢の悪評を流していたのは、いったい誰なのだろう。

 話を進める中で、マイアは実家のことを思い出す。
 今、家族はマイアが消えて喜んでいるのだろうか。

 ぼんやりと思うところがあった。
 記憶の隅で……何かを忘れているような。

(私、何かしなくてはならないことがあった気がする。でも何だったっけ……?)

 マイアは完全に支度金のことを忘却していた。
 この環境に移れたことが嬉しすぎて、頭から消えていたのだ。

 まあいいや、と彼女は思い直しセーレとの会話に興じた。
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