後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
迷子と犬
良い笑顔で返された。首を振っておく。そんな怖いことはしないでほしいし、そもそも馬牙風に恨みも無い。
「いえ、遠慮しておきます。それで先ほどのお返事を頂きたいのですが」
「返事って!? 返事って何!? このガリガリ鬼に亮亮が用事あるの!?」
「五月蠅いですよ。夏晴亮、今度試験を実施させて頂きます。それに合格したら入学を許可します」
「有難う御座います!」
「試験!? まさか術師の学び舎? あれは男ばかりだし辛いところよ? しかも卒業したら宮女か術師を選択しなければならない。毒見師なんて怪しい職にも就いたばかりだし、それ以外は私と宮女だけしていた方が安全よ?」
「それは星星が決めることではありません。夏晴亮とて一人の人間、彼女には彼女の人生があります」
「正論で苛々する!」
「仲良いですね」
「どこが!?」
とりあえず、意外と馬牙風もおしゃべりなことが分かった。真顔は少々怖いけれども、悪い人間ではなさそうだ。去っていく彼へ暴言で見送る馬星星を温かく見守った。
「大丈夫です。毒見師は必要な時だけ第一皇子の元に参ればいいだけなので、何も負担はありません。だから、学び舎の試験を受けることを許してください」
「うう……ッ清い瞳でお願いされたら許すしかないじゃない!」
苦しいくらいに抱きしめられた。
「うえぇん。私の妹が変わってしまう……私の手元にいてほしい……」
「私、馬先輩の妹ですか?」
「うん。そのつもりだわ」
「嬉しいです」
親も兄妹も知らない。いないものと思って生きてきた。肉親の思い出の無い腕に温もりが広がる。夏晴亮も恐る恐る抱きしめ返す。
「ということは、馬宰相が私の従兄に……?」
「それは止めましょ。私が亮亮の姉代わり。ね?」
「はい」
その日の仕事はいつも以上に気合が入った。入り過ぎてまた迷子になった。
「困った」
仕事は終わったので問題無い。しかし、夕食までに間に合わないと、毒見師の仕事に支障をきたす。きっと夏晴亮が毒見をしなければ、任深持は腹を空かせて怒りに震えることになる。
「このままでは今度こそ解雇に!」
誰かいないか、辺りを窺う。すると、庭の方で白い何かが動いた。宮女だろうか。夏晴亮が庭に下りて追いかけると、それは一匹の犬だった。
「わんちゃんだったのね。おどかしてごめんなさい。迷い犬かしら」
塀で囲まれている後宮に迷い込むとは考えにくいので、誰かに飼われている犬だろう。この犬に付いていけば、誰かの部屋まで案内してもらえるかもしれない。
「わんちゃん。お散歩一緒してもいい?」
「ワン」
「お利巧さんね」
夏晴亮の言葉が分かったのか、犬が少し前をトコトコ歩いていく。その通り進むと、後宮と繋がった離れに辿り着いた。
「いえ、遠慮しておきます。それで先ほどのお返事を頂きたいのですが」
「返事って!? 返事って何!? このガリガリ鬼に亮亮が用事あるの!?」
「五月蠅いですよ。夏晴亮、今度試験を実施させて頂きます。それに合格したら入学を許可します」
「有難う御座います!」
「試験!? まさか術師の学び舎? あれは男ばかりだし辛いところよ? しかも卒業したら宮女か術師を選択しなければならない。毒見師なんて怪しい職にも就いたばかりだし、それ以外は私と宮女だけしていた方が安全よ?」
「それは星星が決めることではありません。夏晴亮とて一人の人間、彼女には彼女の人生があります」
「正論で苛々する!」
「仲良いですね」
「どこが!?」
とりあえず、意外と馬牙風もおしゃべりなことが分かった。真顔は少々怖いけれども、悪い人間ではなさそうだ。去っていく彼へ暴言で見送る馬星星を温かく見守った。
「大丈夫です。毒見師は必要な時だけ第一皇子の元に参ればいいだけなので、何も負担はありません。だから、学び舎の試験を受けることを許してください」
「うう……ッ清い瞳でお願いされたら許すしかないじゃない!」
苦しいくらいに抱きしめられた。
「うえぇん。私の妹が変わってしまう……私の手元にいてほしい……」
「私、馬先輩の妹ですか?」
「うん。そのつもりだわ」
「嬉しいです」
親も兄妹も知らない。いないものと思って生きてきた。肉親の思い出の無い腕に温もりが広がる。夏晴亮も恐る恐る抱きしめ返す。
「ということは、馬宰相が私の従兄に……?」
「それは止めましょ。私が亮亮の姉代わり。ね?」
「はい」
その日の仕事はいつも以上に気合が入った。入り過ぎてまた迷子になった。
「困った」
仕事は終わったので問題無い。しかし、夕食までに間に合わないと、毒見師の仕事に支障をきたす。きっと夏晴亮が毒見をしなければ、任深持は腹を空かせて怒りに震えることになる。
「このままでは今度こそ解雇に!」
誰かいないか、辺りを窺う。すると、庭の方で白い何かが動いた。宮女だろうか。夏晴亮が庭に下りて追いかけると、それは一匹の犬だった。
「わんちゃんだったのね。おどかしてごめんなさい。迷い犬かしら」
塀で囲まれている後宮に迷い込むとは考えにくいので、誰かに飼われている犬だろう。この犬に付いていけば、誰かの部屋まで案内してもらえるかもしれない。
「わんちゃん。お散歩一緒してもいい?」
「ワン」
「お利巧さんね」
夏晴亮の言葉が分かったのか、犬が少し前をトコトコ歩いていく。その通り進むと、後宮と繋がった離れに辿り着いた。