後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

 聞く限りでは、夏晴亮がすることはこれといってなさそうだ。そんなことで本当に世話になるのか。勝手に逃げ出すと言っていたので、懐いている相手を傍に置いておくということなのだろう。

「いつまでという期限はないですが、もし負担になることがあったらおっしゃってください」
「大丈夫です。こんなに大人しいし。ね、阿雨?」
「くぅん」

 雨が夏晴亮の手に擦り寄る。それに馬宰相が目を瞠った。

「時に夏晴亮、毒見師としてお伺いしたいのですが」
「はい、なんでしょう」
「この一週間で食事に毒が入っていたのは何回でしょうか」
「ええと……」

 夏晴亮が指を折って数えていく。薬指が折られたところで止まる。

「四回です」
「なるほど」

 馬宰相が腕を組んで黙った。夏晴亮が不安気に見上げる。

「もしかして、多いですか」
「ええ……異常です。以前も入っていたことはありましたが、せいぜい月に数回あるかどうかでした」
「そんな」

 事実を知らされ、口元に手を当てる。美味しく食べて、毒が入っていたら報告する。簡単な仕事だと思っていたが、ここに来てようやく重大な殺意が任深持を包んでいることを思い知った。

「教えて頂き恐縮です。今後の参考にします」
「え、軽い感じですけど、大丈夫ですか」
「ええ、多分」
「多分!」

 第一皇子を殺害しようとしている厄介な輩が宮廷内に存在しているというのに、馬宰相は落ち着いていた。日常業務の報告を受けている顔をしている。

「それではこのあたりで失礼します。五月蠅い従兄妹が帰ってきたら大変なので」
「あの」
「貴方が必要な時は、また参りますので。では」

 爽やかに帰られてしまい、部屋に残された夏晴亮は立ち尽くすしかなかった。

「くぅん」
「あ、ごめんね」

 放っておいたことを謝る。たいして気にしていないのか、雨は軽く尻尾を振るのみだった。

「秘密のわんちゃん。今日からよろしくね」
「わんッ」
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