後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
猛アピール
馬星星の言う通り、翌日になっても噂は全く広がらなかった。どんな意図で自分を選択したのかは分からないが、正妃になろうが拒否しようが、どちら転んでも良い結果にはならなかったように思う。これでいつも通りに戻ることを願うばかりだ。
「毒見の時間だ」
全然いつも通りではなかった。夕餉の少し前、昨日と同じく任深持が盆を持ってきた。夏晴亮が僅かに構える。
毒見役は人手が足りないらしいから、彼の機嫌を損ねたからといってすぐ解雇とはならないだろうが、減給くらいはあり得る。
盆を受け取り、毒見をする。ずっと任深持が見てくる。緊張する。せめて視線だけでも外してはくれまいか。軽い拷問は毒見が終わるまで続けられた。
「毒は入っていませんでした」
「ご苦労」
任深持が夏晴亮に近づき、盆を持つ。
「これを」
「はい」
反射で両手を差し出す。そこに小さな袋がころんと転がった。
なんだろう、これは。礼を言おうとしたら、すでに任深持が扉を閉めるところだった。
「あの、有難う御座います」
聞こえはしただろう。誰もいない室内で手の中のそれを見つめる。顔に近づけると、ほんのり花の匂いが漂った。
「匂い袋かな」
今まで縁の無かった贈り物を最近何人からももらってしまった。家無し、家族無しの自分にはもったいないことだ。大切にしよう。夏晴亮は引き出しの奥に仕舞った。
任深持の気まぐれはその日だけではなかった。彼は一日置きに来た。そして、盆を回収する際、小さな贈り物を置いていった。
一つ一つは片手に乗る何気ない物であったが、あっという間に引き出しを占領した。おかげで一番上の引き出しは第一皇子専用となった。これを彼が聞けばどうだと言わんばかりの表情で笑うのだろう。
当然馬星星も状況を把握しており、最初こそわくわくした瞳を夏晴亮に送っていたが、二人が全く進展しないことを悟り何もしてこなくなった。
そして一か月が過ぎた頃、任深持がいつもと同じように部屋に入ってきて言った。
「正妃になってくれ」
「お断りします」
「……分かった」
とぼとぼ帰る後ろ姿が気のせいか儚げに見える。断るなら、引き出しの中たちも返した方がいいだろうか。しかし、返すと失礼な気がして、使えないままただただそこに置いてある。
ここまで来ると、鈍い夏晴亮でも理解した。
任深持が本気なのだと。
そして、それを嗅ぎ付けた者がいた。
「女神、私にもどうか貴方を欲する機会を与えてくれませんか」
任明願だ。夏晴亮は頭が痛くなってきた。自分の今一番しなければならないことは毒を入れた犯人を見つけることなのに、何故こうも次々と違う問題が起きるのか。
好意を持たれるのは嬉しくないわけではない。しかし、あちらが望むことは自分には出来ないので申し訳なくなってしまう。
「毒見の時間だ」
全然いつも通りではなかった。夕餉の少し前、昨日と同じく任深持が盆を持ってきた。夏晴亮が僅かに構える。
毒見役は人手が足りないらしいから、彼の機嫌を損ねたからといってすぐ解雇とはならないだろうが、減給くらいはあり得る。
盆を受け取り、毒見をする。ずっと任深持が見てくる。緊張する。せめて視線だけでも外してはくれまいか。軽い拷問は毒見が終わるまで続けられた。
「毒は入っていませんでした」
「ご苦労」
任深持が夏晴亮に近づき、盆を持つ。
「これを」
「はい」
反射で両手を差し出す。そこに小さな袋がころんと転がった。
なんだろう、これは。礼を言おうとしたら、すでに任深持が扉を閉めるところだった。
「あの、有難う御座います」
聞こえはしただろう。誰もいない室内で手の中のそれを見つめる。顔に近づけると、ほんのり花の匂いが漂った。
「匂い袋かな」
今まで縁の無かった贈り物を最近何人からももらってしまった。家無し、家族無しの自分にはもったいないことだ。大切にしよう。夏晴亮は引き出しの奥に仕舞った。
任深持の気まぐれはその日だけではなかった。彼は一日置きに来た。そして、盆を回収する際、小さな贈り物を置いていった。
一つ一つは片手に乗る何気ない物であったが、あっという間に引き出しを占領した。おかげで一番上の引き出しは第一皇子専用となった。これを彼が聞けばどうだと言わんばかりの表情で笑うのだろう。
当然馬星星も状況を把握しており、最初こそわくわくした瞳を夏晴亮に送っていたが、二人が全く進展しないことを悟り何もしてこなくなった。
そして一か月が過ぎた頃、任深持がいつもと同じように部屋に入ってきて言った。
「正妃になってくれ」
「お断りします」
「……分かった」
とぼとぼ帰る後ろ姿が気のせいか儚げに見える。断るなら、引き出しの中たちも返した方がいいだろうか。しかし、返すと失礼な気がして、使えないままただただそこに置いてある。
ここまで来ると、鈍い夏晴亮でも理解した。
任深持が本気なのだと。
そして、それを嗅ぎ付けた者がいた。
「女神、私にもどうか貴方を欲する機会を与えてくれませんか」
任明願だ。夏晴亮は頭が痛くなってきた。自分の今一番しなければならないことは毒を入れた犯人を見つけることなのに、何故こうも次々と違う問題が起きるのか。
好意を持たれるのは嬉しくないわけではない。しかし、あちらが望むことは自分には出来ないので申し訳なくなってしまう。