後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

近付く

「そういえば、第二皇子にど毒見師はいないのですか?」
「いない。あいつは毒を入れられたことがないから、特別毒に明るい人間を配置する必要が無いのだ」
「一度だけ入れられたことがあるそうですよ」

 (マァ)宰相の言葉に二人が振り向く。

「なんだって?」
「最近のことです」
「私は知らなかったぞ」
「大したこともなかったので」

 これが任深持(レン・シェンチー)であれば日常茶飯事であるが、任子風(レン・ズーフォン)ともなると初めての暗殺事案ではないか。それでも、誰にも被害が無かったから大げさに騒がなかったということか。

「いつもは任明願(レン・ミンユェン)が毒見をしているのだったか」

 見知った名前に、夏晴亮(シァ・チンリァン)が注意深く聞く。

「そうですね。毒を入れられる可能性が極めて低いので、わざわざ罪人を連れてくるのも面倒だと彼がしているとききました」
「なら、よく無事でいられたものだ」

「ほとんど食べないうちに気が付いたそうですよ。不幸中の幸いでしたね。その後料理長を叱咤したそうですが」
「は、余裕が無いな」

 任深持が鼻で笑うが、夏晴亮にとっては他人事でいられなかった。

 付き人として、調理をする責任者を叱ったというところだろうが、悪いのは料理人ではなく毒を入れた犯人だ。しかし、王族に出す料理を作っていることで何かしらの責任を取らなければならない。厳しい世界である。

 二人の会話を聞く限り、第一皇子の毒事件は誰かが責任を取ったりはしていないようだ。に夏晴亮は任深持を見直した。

「さて、今日はここまでにしましょう。夏晴亮、雨、何か気付いたことがあったら、すぐ知らせてください」
「分かりました」

 任深持の部屋を出て食事場へ向かう。考えるのはやはり毒のこと。もう少しで分かりそうなのに、あと一つくらいひ情報が手に入れば。

 考え事をしながらおかわりを三回する。頭を使うと腹が減るのだ。しっかり腹十分目まで満たして歩き出す。後宮の廊下を歩いていると、任明願とすれ違った。

「女神、毒を入れた犯人を探しているそうですね」
「はい。まだ絞り込めていませんが」

 さすがに相手の上司を疑っているとは言えず、曖昧に答えておく。すると、両手を任明願のそれに包まれた。

「とても危険です。貴方が心配だ。私に任せて貴方は安全な場所にいてください」

 夏晴亮が任明願の手からやんわり逃れて答える。

「ご心配有難う御座います。でも、私、結構丈夫なんです。怖くないと言ったら嘘ですが、毒に関しては免疫がありますので心配なさらないでください」
「そうですか……是非、何かありましたら私も協力させてください」
「有難う御座います」
< 38 / 88 >

この作品をシェア

pagetop