後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

ナカへおいで

 一段落したところで任深持が立ち上がる。

「夕餉だ。行くぞ」
「はい」

 ぞろぞろと揃って食事に向かう。今は雲は馬宰相の肩で毛繕いをしている。

 先ほどは変化に驚かされ気にならなかったが、雲は普段馬宰相のナカで過ごしているらしい。そういうことも可能なのか。

 思ってみれば成り行きで雨の世話係になったため、精霊のことを何も知らないままここまで来てしまった。

 側室となり、妃教育はあるものの以前より自由な時間が増えた。これを機会に法術の知識を得るのもいいかもしれない。座学だけでも学び舎にと思ったが、どうやら第一皇子は夏晴亮(シァ・チンリァン)が学び舎へ行くのを嫌がっているらしいので、当初の予定通り、馬宰相に都度聞くことになりそうだ。

「変化、便利ですね」

 夏晴亮が珍しく興味を示すので、前にいる任深持(レン・シェンチー)が顔を顰める。気付いているのは馬宰相だけだ。

「そうですね。見た目はほぼ変わらないですから。ただ、発言など、指示されたものか機械的な反応しか出来ない場合もあるので、そこは注意すべき点です」

「勉強になります」
「ちなみに雨をナカに入れるくらいなら、今の貴方にも可能ですよ」
「やりたいです!」

 夏晴亮が手を挙げて元気よく返事をする。

「どうやるのですか?」
「簡単です。すでに雨は貴方を主と認めていますから、貴方が手を差し伸べてナカへ導けば勝手に入ってくれます」
「手を差し伸べて……やってみます」

 部屋に着き、座る前に(ユー)を呼ぶ。やってきた雨に右手を差し出した。

「阿雨、ナカにおいで」
『わん』

 夏晴亮に緊張が滲む。はたしてこれで上手くいくのだろうか。そう思っているうちに、雨の姿がぼんやりし始め、やがて靄となり夏晴亮へと吸い込まれた。

「はわわわ……!」

 あまりの感動に、おかしな声を出して口をぱくぱくさせる。それを目の当たりにした任深持が顔を手で覆い隠した。隣にいた王美文(ワン・メイウェン)が含みを持った笑みを送る。

「うふふ。愛らしいですね、貴方の側妃は」
「五月蠅い。私を見るな」
「ええ。貴方より馬牙風(マァ・ヤーフォン)を見ていた方が有益ですから」

「一生見ていろ」
「言われなくても~」

 きゃらきゃらと楽しそうに笑う正妃を横目に、まるで勝てない第一皇子は顔の赤みが取れるまで顔を隠す羽目になった。

「お待たせしました、毒見致します。任深持様? 何故お顔をお隠しに?」
「気分だ。毒見していてくれ」
「承知しました」

 素直な側室に、また顔が赤くなるのを感じた。
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