後宮毒見師伝~正妃はお断りします~
平和なのは
和やかな時が終わり、食事を終えた面々がそれぞれ自室へ帰っていく。任深持が二人きりになった室内で馬宰相に尋ねた。
「最近の後宮内についてどう思う」
「どう、と言いますと……強いて申し上げるなら、平和です」
「そうだな。平和過ぎる」
最近、毒騒動が起きていない。任明願の件以前も、十日に一度くらいあったはずだ。平和になったというより、嵐の前の静けさのように思えてくる。
「警備の人数を増やしておきます。雲と雨にも見回りを頼みましょう」
「頼む」
「それはそうと、側妃との進捗はいかがですか」
「五月蝿い」
不躾な部下に睨みを利かせるが、全く効き目は無いらしい。進捗がどういう状況なのかくらい傍にいるのだから分かっているのに、随分と意地悪なことを言う。
「側妃に迎えられてから、随分奥手になったものだなと思いまして。老婆心ながら申し上げてしまい失礼致しました」
その言葉に任深持が視線を逸らせる。
「自分でも理解している。ただ、怖いだけだ。あれの意識はまだ私に向いていない。権力で結び付けている今では、強引に行っても上手くいかないだろう」
「そうですね」
「だから、私が努力して、彼女がこちらを向いてくれる時を待つ」
「素晴らしい心意気と存じます」
第一皇子の日常と言えば、孤独が常に付きまとっていた。しかし今はどうだろう。夏晴亮という太陽が来てくれたことで、前を向いて考えるようになった。次期皇帝として好ましい変化である。
「貴方の我慢が持つようお祈りします」
「一言多いぞ」
「承知しております。脱線してしまいましたが、警備増強、精霊による見回りの件は明日から対応させて頂きます」
誰によって脱線したのか、皇帝の付き人をしていただけあって良い性格をしている。これくらい物を言える人物でないと務まらないのだろう。
「杞憂に終わればいいが」
平和なのが悪いわけではない。その裏付けが欲しいだけだ。
ふいに風が通り抜けた。
「なんだ?」
窓を見遣るが、開いていない。気のせいか。そもそも、窓から誰かが侵入してくることは考えにくい。後宮や宮廷には術師によって法術がかけられており、中から招かない限りは勝手に入れないようになっている。先ほど馬宰相と話したばかりだから、神経過敏になっていたのかもしれない。
「最近の後宮内についてどう思う」
「どう、と言いますと……強いて申し上げるなら、平和です」
「そうだな。平和過ぎる」
最近、毒騒動が起きていない。任明願の件以前も、十日に一度くらいあったはずだ。平和になったというより、嵐の前の静けさのように思えてくる。
「警備の人数を増やしておきます。雲と雨にも見回りを頼みましょう」
「頼む」
「それはそうと、側妃との進捗はいかがですか」
「五月蝿い」
不躾な部下に睨みを利かせるが、全く効き目は無いらしい。進捗がどういう状況なのかくらい傍にいるのだから分かっているのに、随分と意地悪なことを言う。
「側妃に迎えられてから、随分奥手になったものだなと思いまして。老婆心ながら申し上げてしまい失礼致しました」
その言葉に任深持が視線を逸らせる。
「自分でも理解している。ただ、怖いだけだ。あれの意識はまだ私に向いていない。権力で結び付けている今では、強引に行っても上手くいかないだろう」
「そうですね」
「だから、私が努力して、彼女がこちらを向いてくれる時を待つ」
「素晴らしい心意気と存じます」
第一皇子の日常と言えば、孤独が常に付きまとっていた。しかし今はどうだろう。夏晴亮という太陽が来てくれたことで、前を向いて考えるようになった。次期皇帝として好ましい変化である。
「貴方の我慢が持つようお祈りします」
「一言多いぞ」
「承知しております。脱線してしまいましたが、警備増強、精霊による見回りの件は明日から対応させて頂きます」
誰によって脱線したのか、皇帝の付き人をしていただけあって良い性格をしている。これくらい物を言える人物でないと務まらないのだろう。
「杞憂に終わればいいが」
平和なのが悪いわけではない。その裏付けが欲しいだけだ。
ふいに風が通り抜けた。
「なんだ?」
窓を見遣るが、開いていない。気のせいか。そもそも、窓から誰かが侵入してくることは考えにくい。後宮や宮廷には術師によって法術がかけられており、中から招かない限りは勝手に入れないようになっている。先ほど馬宰相と話したばかりだから、神経過敏になっていたのかもしれない。