明日に夢を見ようか。 不良になれなかった俺のギャラクシーノート
 下っ端の連中がうずうずしながら結城に嗾けてくる。 「待て。 今は動く時じゃない。 相手も分からないんだぞ。」
「でも相手は狼の連中なんでしょう? いいじゃないですか。」 「でもね、証拠が無いんだよ 証拠が。」
「有るじゃないですか。 だちがボコボコにされたんでしょう? だったら狼ですよ。」 「早とちりはいかん。 とにかく動くな。」
 岩谷さんは連中を宥め空かしてから病院へやってきた。 「どうもこうも、、、。 厳しいですね。 意識が戻るまでは何とも言えません。」
 急な連絡を受けて姉ちゃんも駆け付け、俺のベッド脇で呆然としていた。 「岩谷さん、、、。」
「心配は要らないよ。 必ず目を覚ますから。」 そう言いながら岩谷さんは俺の顔を見た。

 特に打撲がひどくて頭も相当にやられているらしい。 意識は戻らないままだ。
それから三日が過ぎた。
 「姉ちゃん、仕事も有るのに大変だろう? 代わるよ。」 甥の健太郎がやってきた。
「あんたこそ仕事が大変なんじゃないの?」 「なあに。 シフトを弄れば休みはどうにでもなる。 姉ちゃんは日給月給なんだろう? 稼いどかないと大変だよ。」
「それはそうだけど、、、。」 「それにさ、大沼さんと結婚するんだろう? 貯めといたほうがいいよ。」
 健太郎は子供の頃から柔道と剣道を続けてきたやつだ。 もうすぐどっちも黒帯だって言ってたっけな。
高校生の頃、喧嘩を売ってきたおっさんをボコボコにしちまって警察にもひどく怒られたとか、、、。
 そんなことをやってきたやつだから獄導の連中も一目置いてるんだよな。

 姉ちゃんが帰った後、入れ違いに大沼さんがやってきた。 「やられたって?」
「そうなんす。 酔っ払ってるところをやられたらしい。」 「どう見ても狼じゃないな。」
「何だって?」 「狼ならこんな卑怯なことはしない。」
 確かにこれまでの狼はド派手な喧嘩が多かった。 しかも必ず同数でやり合ったもんだ。
「一人で歩いていたところを、後ろからやられたんだろう? だったら狼じゃないよ。」 「何ではっきり言えるんです?」
「俺はあいつらの拠点にも潜り込んで情報を仕入れてきたからな。 あいつらは正面突破しかやらないんだ。」
 そう、大沼さんは怪しいと思えば拠点にも堂々と潜り込んで情報を仕入れてくる。 日程とかやり方とかメンバーとか、、、。
そして情報が揃うとそっと抜け出して猛攻撃を仕掛けてくる。 平成のハイエナって呼ばれてたんだ。
 しかも、何もしないって思わせておいていきなりやることも有るから気が抜けない。
この界隈じゃあ恐れられてたね。 だからさ、大沼さんに会うとみんないい顔をするんだよ。
 俺はまだまだ眠り続けていた。 岩谷さんも時折見舞いに来ては悔しがるのだった。
 そんな岩谷さんと結城が話し合っている。 「狼じゃないとしたら誰なんだろう?」
「それは分からん。 少年課でも動いてるだろうから様子見だな。」 「その間、片山たちが動かなきゃいいけど、、、。」
「やつらなら松尾に抑えるように言ってある。 無茶なことはやらないよ。」 「だといいけどな。」
 結城はどうも気が気ではない。 岩谷さんと話した後、松尾の事務所を訪ねた。
 「おー、結城さんか。 なになに? 片山たちの心配でもしてるのか?」 「そうなんす。 どうも心配で、、、。」
「心配するな。 俺と幸竹武徳が見張ってる。 たまのガス抜きは大変だけどな。」 「ガス抜き?」
「そうだよ。 なんてったってやつらはお兄ちゃんたちだ。 たまには女遊びだってしたいだろう。」 「そっちのほうか。」
結城は苦笑した。 「んで、狙ったやつらのことは目星付いたのか?」
「それがさっぱりなんだ。 狼じゃないってことは分かってきたんだが、、、。」 「大変だな。 でもまあ、うちにも情報は入ってくる。 有力なのが入ったら教えるよ。」
「よろしく頼む。」 結城は事務所を出た。
 松尾秀幸は大沼さんの親友で、子供の頃からがり勉君って呼ばれていたやつだ。 がり勉が功を奏したのか弁護士になってしまった。
普段は裁判やら何やらで忙しくしている彼だが、大沼の頼みと有っては断れない。 それで下っ端の目付け役になったわけだ。
 彼の事務所は駅前通りの裏の裏。 静かな所に建っている一軒家である。
看板も小さくて目立たないから知ってる人じゃないと迷ってしまう。 「もっと分かりやすい事務所にしろよ。」って大沼さんも言ってきたが、、、。
「いいんだ。 俺は一人だし、この一軒家で十分だ。」って言い張って聞かない。
 確かに一階は事務所になっている。 ドア越しに顔と名前と声を確認してからじゃないとロックを解除しない念の入れようである。
 事務所の奥には壁に仕込まれたドアが有る。 それを開けると台所と風呂が並んでいる。
公私を隔絶しないと気が済まないんだそうだ。
 助手だって本当にやる気の有る人間しか採用しない。 そのためにもまず三日ほど試しにやらせるんだそうだ。
電話の応対とかなんとかマニュアルを一通り教えてから実践させる。 最初からうまくやれるやつなんて居ないから二日くらいはニコニコしている。
 でも三日目でやらかしたらとんでもない勢いで噴火する。 まあね、一日数十件も相談を受けるんだから止むを得まい。
噴火しても直らなければ即刻追い出しにかかるわけだ。 雇っているわけじゃないからもめることも無い。
 そんな松尾はまったく女っ気の無い弁護士として有名だ。 裁判だって勝てると思う物にしか手を出さない。
それでも依頼者は絶えないんだ。 「ぜひ頼む。」なんて泣きながら頼みに来るやつも居る。
中には「こいつを好きにしていいから付いてくれ。」って言ってくるやつも居る。 ところがね、こいつってだいたい2号とか3号とかいうやつなんだよ。
いつだったか、「女で俺を釣ろうなんて甘すぎる。 生まれ変わって出直してこい!」って事務所から叩き出したって言うから驚いてしまう。
そいつがまた有名人だったからマスコミにも延々と騒がれ続けてまいったらしい。
 それでもやっぱり信念は変えなかったね。

 さてさて、健太郎が病院に来て二日目、俺は何かに呼ばれているような気がしていた。
 この大島健太郎という男、両親から相当に鍛え上げられたらしい。 両親とも柔道の選手でオリンピックを狙っていた。
親父さんは足の骨を折って出れなかったらしいが、、、。
 それで健太郎には柔道も剣道もやらせるようにしたんだそうだ。 すごいよなあ。
そんな健太郎も大学を卒業して商社に入った。 そして、、、。
 今やロンドンを負かされるくらいの商社マンになってしまった。 いつもはね、すごく愛嬌が有って面白いやつなんだが、本気で怒らせると大沼さんでさえ慌てて止めに入るくらい凶暴になるらしい。
いつだったか、だちの女がチンピラに絡まれて困ってるって助けを求められたことが有る。
最初は絡む気も無かったそうだが、車に乗せられたと聞いた瞬間、ブチ切れて飛んできた。
そして女に「しっかり掴まってろ。」って言ってから車を横倒しにしたんだそうだ。
ビビりあがったのは調子に乗っていたチンピラの方さ。 車から引き摺り出された時には真っ青になって縮こまってやがった。
 「これくらいでビビるんなら騒ぎなんか起こすな。 馬鹿。』って吐き捨てた健太郎を見据えることも出来なかったんだってさ。
そりゃあビビるよなあ。 調子に乗って口説こうと思ったら車ごとひっくり返されたんだもん。
とにかく健太郎の馬鹿力には俺だって頭が下がるよ。
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