冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした


「ん?」


「んと、なにかあったのかなって」


「あ〜、そうだな。実はな・・・」


一瞬顔を顰めたハッチは、風吾さんが彼女と喧嘩中で一週間口も利いて貰えないという話を聞いたらしい


「風吾さん、何をしたんですかね」


「女の名前を間違えたらしい」


「それは」


私でも口を利きたくなくなる


でも、それはハッチが嫌だって


んんん・・・これは難しい


「ほら」


「ん?」


「シワがよってる」


ハッチの長い指が眉間を撫でる


「難しい顔してんなよ」


「風吾さんの彼女さんのことを考えてました」


「名前を間違えられた女のことか」


「私も、嫌だと思います」


「俺は間違えねぇが
風吾は短い付き合いしかしねぇから
ウッカリ事故になるんだろうな」


「事故・・・ですか」


緩い口調の風吾さんを思い出して肩をすくめた


「さて」


「そろそろ眠いだろ」


「・・・・・・はい」


さっき起きたばかりだけど、ここはハッチに合わせるべきだろう


「風呂は俺が手伝っても良いんだが
花恋が不安なら明日あっちで入るか?」


・・・ハッチとお風呂


想像しただけで、また頬に熱が集まってきた


「んな顔するな」


「こんな顔です」


「美味しそうな顔ってことだ」


難解・・・じゃなくて!


「食べないって言いました」


「そっちじゃねぇよ」


「そっち?」


「欲情するってこと」


「・・・っ!」


ストレートな表現に瞬きさえ忘れてしまう


惜しげもなく色気を放出しているハッチの視線から逃れられなくて


ただただ全身が熱い


「お」


「お?」


「美味しくないと、思います」


「それを決めるのは俺だ」


付き合うってこんなに心臓を酷使するものだろうか


さっき食べた雑炊とデザートが強い鼓動に押されて
「・・・吐きそう」


「花恋、大丈夫かっ」


「大丈夫、本当には吐きません」


「なんだ“本当には”って」


「だって」


「ほら、何でも言え」


「欲情するなんて言うから」


「大好きな花恋と一緒にいるんだ
それはごく自然なことじゃないか?」


「怪我人ですけど」


「あぁ、だから今すぐにとは思ってねぇが
俺はいつも花恋に触れたいって思ってる」


熱を孕んだ視線は身動きできないほど絡んでいて
肌が粟立つような感覚に陥いる


頭を撫でたハッチの手が頬に移り


触れた指の熱にさえ沸騰しそうな身体は迫り上がる感情を涙に変えた


長い指が肌を滑りる涙を拭う


涙を絡めた指が唇にたどり着いた


その瞬間


もう一度重ねられた唇から


ハッチの想いが流れ込んできた






















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