冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



頭の後ろを支えられ


角度を変えながら侵食する口付け



触れられる全てが溶け出しそうな熱に身体の奥が疼いて
否が応でも女であることを思い知る


初めて灯した熱に戸惑っているうちに


全身の力が抜けた




チュとリップ音が聞こえ唇が離れるとコツンとオデコが合わさった


「花恋、愛してる」


目を閉じたまま聞いたハッチの甘い声にツーと涙が落ちる


私も気持ちを伝えたいのに、迫り上がってくる喉の熱さに唇は開いてくれそうもなくて


僅かに離れたハッチのシャツを握るのが精一杯


その気持ちごと包んでくれるみたいに
ハッチは私を長い腕の中に閉じ込めた


強く香るハッチの匂い


ただそれだけで


心が凪いでくる



体温を分け合うみたいに隙間なく抱かれたまま心地良い時間が流れ


私の涙が収まるころには

ハッチに触れていることが自然に思えていた


「落ち着いたか」


「・・・うん」


「離したくないな」


私も・・・離れたくない


「やっぱりギプスが外れるまで此処で暮らすか」


「なんの手伝いもできないから、ハッチにばかり負担がかかるのに?」


「元はと言えば俺の所為なんだから
手取り足取り尽くすのが道理だろ」


この場合の“手取り足取り”は意味が違う・・・


「俺が花恋に触れたいんだから
“手取り足取り”で合ってんだよ」


「こじ付けたよね」
(脳内読んだよね)


「俺流って言えよ」


「私は」


「ん?」


「ハッチのそばに居られるなら、どこでも同じですよ」


ハッチに合わせるという意味だったのに


「・・・反則」


一瞬眉を下げたハッチは、また私を抱きしめた


「そんなこと言われたら、もう一生返せねぇぞ?」


聞かれたところでハッチ以外考えられないんだから返さないで欲しい


ニュアンスは上手く伝えられそうもないけれど


「返品不可です」
想いは知って欲しいと思った


少しだけ力が入ったハッチの腕と
「あぁ、一生だ」
少し震えた声から伝わる疑う余地のない本心


ハッチを想う気持ちと、ハッチから貰う気持ちはこの先も膨らみ続けるだろう


「それより」


「ん?」


「ハッチは仕事はないんですか?」


「・・・・・・・・・・・・ある」


かなり遅れた返事からして、無理をさせているのだろう


「私は良い子でお留守番とかできるので
仕事に行っても大丈夫ですよ」


「それなんだよな」


「どれですか?」


「二人きりで此処で暮らしたいが
仕事の時は花恋を一人にするだろ?
それなら木村の家に居る方が誰かしら居るから安心なんだ」


「優しい」


「俺が不安なだけだ」


「見ていない時に怪我をしたから?」


「それもあるが。片時も離れたくねぇって我儘もある」


ストレートな言葉で伝えられるハッチの気持ちが嬉しい


やはり。頭の中で独り言ちるより、ハッチを見習うべきだろう


「実は私も同じです」


ポツリと溢した本心をハッチはちゃんと拾ってくれたようで


背中に回っていた手が上がってきて頭を撫でた


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