純潔嗜好男子
第一章
夢見ることはタダである。
子供の頃に食い入るように観ていたプリンセスの物語は、大人になった今でも色濃く恋焦がれるものだ。
『…という訳で、どうにか機会を得られないかな?』
なんて事もないいつもの日常。大学卒業後に入社した会社で秘書業務に就いた私は、社長秘書のサポート役として勤務していたが、勤続三年目にして上司(社長秘書)が、ある日突然と辞表を出して、呆気なく会社を去っていった…のが、半年前の出来事。
当時は突然のことにパニックに陥ったが、結局真相は迷宮入り。
本来なら敏腕な人材が後玉にと充てられるのだが、暫く業務を引き継ぎ油断していた矢先に舞い込んだ人事移動。否、ただの昇格。
あれよあれよと社長秘書になった私は、前上司が如何にこのおっさんに振り回されていたのかとこの身で体感するのである。
一応大手企業の仲間入りをしている我が社の社長は、まあそれは面倒な男だった。
毎朝自宅まで運転手と共に迎えに行き、約束の時間になっても一向に出てこない社長を心配して連絡を試みるも電話に出ない。
そこで苦笑いを浮かべた運転手に嫌な予感が頭を過ぎる。
念の為と渡されていた合鍵を手に社長宅へと足を踏み入れれば、玄関まで漂う悪臭とゴミの山。
鼻が曲がりそうになりながらも、靴を脱ぎ廊下を突破し扉が開きっぱなしのリビングへと入る。
そこにはソファーの上でぐーすかと鼾を掻くだらし無いおっさんの姿が在り、その側のローテーブルには空き缶が何本にも渡って並ぶ。
「社長!おはようございます。間宮です。起きてください。」
平静を装い声を掛ければ、うんともすんともしない。
この野郎…とお次は肩を叩き声を掛けてみるが、まあ起きない。
いったいどれだけの飲酒をして就寝に入ったのだろうか。部屋の悪臭とは別に、社長の口臭に吐き気を催す。
一端の取締役の自宅がこんなゴミ屋敷だったなんて、今日の今日まで知る由も無かった。
それからかれこれ声掛けと肩を揺りまくること数分後、やっと目覚めた社長は、「あれ、もうそんな時間?」と悪怯れることもなく起き上がると、私の姿を見るや否や「準備するから車で待ってて」とバスルームへと消えていった。
ポツンとその場に取り残された私は、こんな部屋と早くおさらばしたいものだと、急いで部屋を後にし車へと戻ると、運転手が「大変だと思うけど頑張ってくださいね。」とミラー越しに応援された。
さっきの苦笑いは、こういう意味だったのか!と気付くのだった。
結局会社に辿り着いたのは、定時から一時間は過ぎた頃。これが俗にいう社長出勤というやつか?いやでも、これは社長以外がやるから意味を成す言葉であって…まあいいや。
そんなこんなで始まった秘書業務。今までも社長は遅く出社してきてはいたが、上司が上手いこと言っていたのであろう。ずっと気付かなかった実態である。
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