純潔嗜好男子
某所といっても、イケてる若者ならばその名を知らない人が居ない程有名なナイトクラブ。
オープン時刻は夜十時。睡魔と格闘中の私を他所に、入口前に出来た長蛇の列を我が物顔で抜かしていく社長令嬢。
そんな我儘娘の後を急いで追いかけると、すれ違い様に、私たちに向けて罵倒が飛び交う。
「杏奈さん!ちゃんと列に並んでください。」
「なによ、私にこの列に並べって言ってるの!?」
「ルールは守ってください。」
社長が居ないとなれば、公共の場では私もモノはハッキリと申す。世間知らずの我儘娘に合わせてたら、いつか巻き添えを喰らいかねないからだ。
失礼とは思いつつも、杏奈の腕を掴んで静止させれば、サングラス越しにでも分かるキッと睨みを利かした顔。
性格の悪さが滲み出る今まで出会った中でも、最低最悪な女で間違いない。
私は杏奈を連れて列に並び直そうと振り返れば、セキュリティのガタイの良い男が声を掛けてきた。
「直ぐ入りたかったら、VIPも有るよ。」
へ?と振り返れば、彼が視線を送る先には、少し間を空けた隣に在る入口。
そんな口車に乗せられた杏奈は、「じゃ、それで良いじゃない。間宮さん行くわよ!」ともの凄い力で引き寄せられて、そっちに迎えば、最低入場料が万額という私からすれば破格を提示されるが、ここはお嬢様。そんな金額はした金。
「……の近くの席でお願い出来るかしら?」
何やら、交渉中と見られる。私はと言えば呆れ惚けていた。
少しの交渉の後、希望した席は用意出来ないと言われた杏奈は、少しご機嫌斜めだが、渋々と了承すると、私たちは爆音で支配されたフロアへと案内されるのであった。
歓楽街のビルの地下に広がる膨大なフロアには、オープン直後の所為か、徐々に人が増えていってる印象を受ける。
案内されるが儘に辿り着いたシート席に辿り着くと、杏奈は漸くサングラスを外し、腕と脚を組みながら辺りを見渡していた。
「…まだ来てないみたいね。」
何故私が、こんな場所に来る羽目になったのかと言えば、どうやらこの場に例の人物たちが現れるらしいからだという。
我儘娘が頑なにお近づきになりたいと父親を脅してまで掴んだ情報であり、そんな茶番に巻き添えを食らう私はこの親子を一生恨むかもしれない。
暫く座って待っていると、メニュー表を持ってきたスタッフがやって来た。
どうやら飲み物のオーダーを伺いに来たみたいだ。
「杏奈さん何飲みます?」
「んと、とりあえず高いシャンパン持ってきて」
「はい。かしこまりました。」
メニュー表も見ずに、たったの数秒で決まった注文。私は慌てて冊子を開けば、やっぱり桁が一個二個は多くて目玉が飛び出るかと思った。
やはり金持ちは違う。一人で暮らしていくには充分な額面を稼いではいるが、こんなに豪快な夜遊びは出来ないし、これからもする予定は無し。
謙虚で慎ましく、静かなひと時を望む社畜の願いはいつ叶うことやら…。