落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜
第一章 婚約破棄とクビと
01
「ミュリエル、お前との婚約は破棄する」
突然、婚約者からそんなことを告げられた。
「アンリ様……? 来年の挙式に向けて準備は進んでおりましたのに、どうして突然……」
困惑する私に婚約者のアンリ様は畳み掛ける。
「俺は、やっと真実の愛に気付いたんだ!!」
「……はい?」
拳を握りしめ、天を仰ぐアンリ様。茶色の髪がふわりと舞い、綺麗な赤い瞳は閉じられる。
「大丈夫。相手は君の妹だから、日程通り挙式はあげられるさ!」
マジで?
喜々として告げるアンリ様に、私はあんぐりと口を開けた。
(堂々と妹に乗り換え宣言とは、どーいうこった!)
あんぐりと固まる私にアンリ様はとどめを刺す。
「妹のクリスティーは君より可愛げがあって、何より、魔力もある。シルヴァラン家にとっても良いと思うんだ!」
(あ、それ言っちゃうんだ……)
「俺とクリスティーは以前から想い合っていたんだ。シルヴァラン伯爵も了承してくれた!」
「へ、へ〜え」
熱く語るアンリ様に、私は乾いた返事をする。
妹と浮気をしていたことを堂々と宣言したかと思うと、父も二人のことを了承しただと。
(どうかしてるわ!!)
「だからミュリエルは俺のことは忘れて、他の幸せを見つけてくれ」
震える私にアンリ様は肩に手をポン、と置いた。そして嬉しそうにその場を走り去って行ってしまった。
アンリ様の目指す先には妹のクリスティー。
辿り着いたアンリ様の手を嬉しそうに取り、微笑んでいた。
(マジ、かあ……)
呆然と二人を見ていた私に、クリスティーは振り返り、勝ち誇った表情をしていた。
こうして私、ミュリエル・シルヴァランは19歳にして、婚約者にあっさりと捨てられた。
☆☆☆
「おかしいなあ、とは思ってたけどさ!!」
「妹と浮気なんてドン引きだわ。まあ、結婚前にわかって良かったじゃん」
魔法省にある研究棟にお酒を持ち込んだ私は、親友で同い年のイリスに愚痴っていた。
「ていうか、あんたの妹、魔法省で他の男と噂になってなかったっけ?」
エールの入ったカップをぶらぶらさせてイリスが首を傾げる。
「ううん……いっぱいありすぎて誰かなんて覚えてないわよ……」
私は酔っ払った頭で、妹が噂になった相手を何とか思い出そうとするが、多すぎて出てこない。
「はー、よくやるわ。しまいには姉の婚約者をねえ……」
呆れた顔でエールをぐびっと飲み干すイリス。私も手元のエールを飲み干して呟いた。
「クリスティーは可愛くて魔力もあるもの……」
「ミュー、あんた、昔はそんなじゃなかったのに、どうしてそんなやさぐれちゃったのよ!」
カップを机にドン、と置き、イリスが私に詰め寄る。
「いや――、だって本当のことだし……」
へらりと笑う私にイリスは怖い顔で続けた。
「あんた、令嬢だって平民だって、女だって男だって関係無い、魔法は全てに等しくある、って魔法学校時代言ってたじゃない」
そういえばそんなことを言っていたな、と思い出す。
「私は、そんなあんたがカッコよくて憧れで……」
「イリス?」
イリスは言葉の途中で机に突っ伏して寝てしまった。
「憧れ、かあ……」
今では魔法省の研究室で薬や魔法具を研究するイリスは、皆から一目置かれている。
水色の髪、同じ色の瞳を持ったこの親友は、ブロワ侯爵家のご令嬢なのだが、学生時代何故か気が合い、今でも飲み合う仲だ。
「憧れなのは、私の方かな?」
すっかり寝入ってしまった親友にブランケットをかけると、私は彼女の隣に座り直し、エールの続きを飲む。
私の家、シルヴァラン家は、代々優秀な魔術師を輩出する。幼い頃から、魔法に関する書物を読み漁り、呪文の構築や魔法陣の構成を大人顔負けでやってみせた私は、神童と呼ばれ、将来を期待された。
少ない魔力量も成長するに従い増えるのだろう、シルヴァラン家を継ぐのは姉のミュリエルだ、と皆疑わなかった。
同じく魔術師を輩出するクラリオン伯爵家の次男、アンリ様と婚約が決まったのは魔法学校に入学する前。
結局、私の魔力量は増えることは無く、在学中に両親の期待は妹のクリスティーに向くようになった。
私と同じミルクティー色の髪の妹は、魔力量は人並みだが、治癒魔法が得意だった。この国では魔力量が絶対。そして、治癒魔法は重宝されていた。
色素の薄い茶色の瞳の私に対して、クリスティーの瞳の茶色は濃く、周りからは「魔力量の濃さが滲み出ている」などとよく揶揄された。
クリスティーは両親に甘やかされ、自分の思い通りにならないと気がすまない性格だ。両親の期待がクリスティーに向くようになり、私の家での存在は空気に成り果てていた。そして外では愛らしく振る舞うクリスティーに皆が夢中になった。
学校を卒業して魔法省に就職してからも、クリスティーに言い寄る男たちの噂は絶えなかった。
そんな中、いつからだろう。アンリ様とクリスティーが二人でいる所を魔法省で見かけるようになったのは。
最初は仕事だと思っていた。二人は同じ部署に所属していたから。
でも、二人の醸し出す甘い空気に違和感を覚えるようになった。思えば、二人はあの時からすでに付き合っていたのだろう。
クリスティーの勝ち誇った顔を思い出し、溜息を吐く。
昔は仲の良かった家族だったのに、どうしてこうなってしまったのか。
そんな環境で私が令嬢らしからぬ、やさぐれてしまうのは仕方ないと思う。
「あーあ、仕事で生きるしかないかあ……」
魔力量は少ないものの、幼い頃からのガリ勉のおかげで何とか魔法省に入った私は、必死でここにかじりついていた。
(ここさえ失ったら、お父様もお母様も、今度こそ私を見放すんだろうな)
すうすうと寝息を立てるイリスを横目に、私は残りのエールを飲み干した。
突然、婚約者からそんなことを告げられた。
「アンリ様……? 来年の挙式に向けて準備は進んでおりましたのに、どうして突然……」
困惑する私に婚約者のアンリ様は畳み掛ける。
「俺は、やっと真実の愛に気付いたんだ!!」
「……はい?」
拳を握りしめ、天を仰ぐアンリ様。茶色の髪がふわりと舞い、綺麗な赤い瞳は閉じられる。
「大丈夫。相手は君の妹だから、日程通り挙式はあげられるさ!」
マジで?
喜々として告げるアンリ様に、私はあんぐりと口を開けた。
(堂々と妹に乗り換え宣言とは、どーいうこった!)
あんぐりと固まる私にアンリ様はとどめを刺す。
「妹のクリスティーは君より可愛げがあって、何より、魔力もある。シルヴァラン家にとっても良いと思うんだ!」
(あ、それ言っちゃうんだ……)
「俺とクリスティーは以前から想い合っていたんだ。シルヴァラン伯爵も了承してくれた!」
「へ、へ〜え」
熱く語るアンリ様に、私は乾いた返事をする。
妹と浮気をしていたことを堂々と宣言したかと思うと、父も二人のことを了承しただと。
(どうかしてるわ!!)
「だからミュリエルは俺のことは忘れて、他の幸せを見つけてくれ」
震える私にアンリ様は肩に手をポン、と置いた。そして嬉しそうにその場を走り去って行ってしまった。
アンリ様の目指す先には妹のクリスティー。
辿り着いたアンリ様の手を嬉しそうに取り、微笑んでいた。
(マジ、かあ……)
呆然と二人を見ていた私に、クリスティーは振り返り、勝ち誇った表情をしていた。
こうして私、ミュリエル・シルヴァランは19歳にして、婚約者にあっさりと捨てられた。
☆☆☆
「おかしいなあ、とは思ってたけどさ!!」
「妹と浮気なんてドン引きだわ。まあ、結婚前にわかって良かったじゃん」
魔法省にある研究棟にお酒を持ち込んだ私は、親友で同い年のイリスに愚痴っていた。
「ていうか、あんたの妹、魔法省で他の男と噂になってなかったっけ?」
エールの入ったカップをぶらぶらさせてイリスが首を傾げる。
「ううん……いっぱいありすぎて誰かなんて覚えてないわよ……」
私は酔っ払った頭で、妹が噂になった相手を何とか思い出そうとするが、多すぎて出てこない。
「はー、よくやるわ。しまいには姉の婚約者をねえ……」
呆れた顔でエールをぐびっと飲み干すイリス。私も手元のエールを飲み干して呟いた。
「クリスティーは可愛くて魔力もあるもの……」
「ミュー、あんた、昔はそんなじゃなかったのに、どうしてそんなやさぐれちゃったのよ!」
カップを机にドン、と置き、イリスが私に詰め寄る。
「いや――、だって本当のことだし……」
へらりと笑う私にイリスは怖い顔で続けた。
「あんた、令嬢だって平民だって、女だって男だって関係無い、魔法は全てに等しくある、って魔法学校時代言ってたじゃない」
そういえばそんなことを言っていたな、と思い出す。
「私は、そんなあんたがカッコよくて憧れで……」
「イリス?」
イリスは言葉の途中で机に突っ伏して寝てしまった。
「憧れ、かあ……」
今では魔法省の研究室で薬や魔法具を研究するイリスは、皆から一目置かれている。
水色の髪、同じ色の瞳を持ったこの親友は、ブロワ侯爵家のご令嬢なのだが、学生時代何故か気が合い、今でも飲み合う仲だ。
「憧れなのは、私の方かな?」
すっかり寝入ってしまった親友にブランケットをかけると、私は彼女の隣に座り直し、エールの続きを飲む。
私の家、シルヴァラン家は、代々優秀な魔術師を輩出する。幼い頃から、魔法に関する書物を読み漁り、呪文の構築や魔法陣の構成を大人顔負けでやってみせた私は、神童と呼ばれ、将来を期待された。
少ない魔力量も成長するに従い増えるのだろう、シルヴァラン家を継ぐのは姉のミュリエルだ、と皆疑わなかった。
同じく魔術師を輩出するクラリオン伯爵家の次男、アンリ様と婚約が決まったのは魔法学校に入学する前。
結局、私の魔力量は増えることは無く、在学中に両親の期待は妹のクリスティーに向くようになった。
私と同じミルクティー色の髪の妹は、魔力量は人並みだが、治癒魔法が得意だった。この国では魔力量が絶対。そして、治癒魔法は重宝されていた。
色素の薄い茶色の瞳の私に対して、クリスティーの瞳の茶色は濃く、周りからは「魔力量の濃さが滲み出ている」などとよく揶揄された。
クリスティーは両親に甘やかされ、自分の思い通りにならないと気がすまない性格だ。両親の期待がクリスティーに向くようになり、私の家での存在は空気に成り果てていた。そして外では愛らしく振る舞うクリスティーに皆が夢中になった。
学校を卒業して魔法省に就職してからも、クリスティーに言い寄る男たちの噂は絶えなかった。
そんな中、いつからだろう。アンリ様とクリスティーが二人でいる所を魔法省で見かけるようになったのは。
最初は仕事だと思っていた。二人は同じ部署に所属していたから。
でも、二人の醸し出す甘い空気に違和感を覚えるようになった。思えば、二人はあの時からすでに付き合っていたのだろう。
クリスティーの勝ち誇った顔を思い出し、溜息を吐く。
昔は仲の良かった家族だったのに、どうしてこうなってしまったのか。
そんな環境で私が令嬢らしからぬ、やさぐれてしまうのは仕方ないと思う。
「あーあ、仕事で生きるしかないかあ……」
魔力量は少ないものの、幼い頃からのガリ勉のおかげで何とか魔法省に入った私は、必死でここにかじりついていた。
(ここさえ失ったら、お父様もお母様も、今度こそ私を見放すんだろうな)
すうすうと寝息を立てるイリスを横目に、私は残りのエールを飲み干した。
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