落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜
17
「なあ、ここは省略出来ないの?」
「ああ、だったら正しい手順で――」
すっかり日常になったアドと私の裏庭での勉強。
コツコツと何通りもある正しい詠唱をひたすら暗記し、実践に取り入れる練習をする。魔法陣の構築は後回しだけど、基礎的な所は完璧にするように計画を立てた。
アドは剣の練習もこなしながら、真剣に魔法学にも向き合い、メキメキと物にしていっている。ただ……
「あの、アド?」
「何だよ」
私は身を固くしながら、アドに問いかける。それなのにアドは何ともないように答える。
「近く、ないですか?」
もう限界、とばかりにアドに訴える。
アドは私を抱え込むように後ろから座り、参考書とノートにペンを往復させていた。
私は理由もわからず、身体を固くして動けずにいた。
「ミュリエルにはこれくらいしないと」
腕の中に私を収めたまま、解放する気が無いらしいアドは、ひたすらペンを走らせる。
「私、逃げないって言ったよね?!」
そんなに信用ないのかと、ぷるぷると震えながら抗議を続ける。
アドに「逃さない」と言われたけど、こんなに甘い状況は何なのか。ましてや人に見られたらどうするのか。
「わかったよ」
ぷるぷる震える目で訴え続けた私に観念して、アドは私をようやく解放した。
ホッとした私は光の速さでアドから距離を取る。
「……お前、俺のこと子供扱いするけど、お前の方が子供っぽいよな」
「何ですって?」
年上としては聞き捨てならない言葉につい眉が吊り上がる。
「婚約者いたんだろ……そいつとはこういうことしなかったのかよ」
「んな?!」
何を言い出すのかと声が裏返る。
「ア、アンリ様とは家同士が決めた婚約者で、私も勉強ばっかりでデートすらしたこと無かったから……」
説明した所で、教え子に何を言っているんだと我に返る。
「も、もう! 先生を誂わないの! マセガキなんだから――」
「……子供扱いするなって言ってるだろ」
アドを見上げた瞬間、彼の顔がすぐ側まであって、心臓が跳ね上がる。
「試験の翌日、俺は十七になる。来年には成人だってする――」
まるでキスをしそうなくらいのゼロ距離に、私のキャパはオーバーする。
「わ、わわわわかったから!!」
気付けばアドの胸を押しどけていた。
「子供扱いしないから、こういうことはやめて?!」
私の精一杯の抗議にアドは口の端を上げると言った。
「ふ……ガキ」
「な、何ですってええええ?!」
顔を真っ赤にして叫ぶ私から目を離すと、アドはまた机に目を落として勉強を始めた。
(おばさんの次はガキ?! こ、このおお)
アドに対する怒りで、さっきのドキドキはどこかへ行ってしまって、ホッとする。
生意気で年下の生徒。いつものアドに心底安心する自分がいた。
騎士団に一緒に行ってから、アドの様子がおかしい。時々、やたら甘い態度を取ってくるのだ。
アドに変な噂が立たないように愛称呼びも許可しなかったというのに、この生徒はまったくわかっていないのだ。
恨めしい顔でアドを見れば、目が合ってしまう。
彼はふっ、と優しい表情で笑うと、頬杖をついて私をじっと見つめた。
ドッ、と心拍音が上がる。やっと治まったのに、困る。
「男として意識させるのに有効だな――」
ポツリ、とアドが何か呟いたが聞き取れなかった。
「何?」
「何でもない。それより、ここだけど」
「あ、うん」
再び勉強モードになったアドにホッとしつつ、私はまだ赤い頬が冷めるようにパタパタと手で扇ぎながらアドの向かいに座った。
「ふ……赤っ」
「やめい!」
赤い私の頬をアドが触れて誂うので、私は思わず声を張り上げた。
まるで愛おしい人を見るかのような笑顔を向けてくるアドに困惑する。
私とアドはあくまでも師弟関係だ。アドも私に心を開いてくれただけで、深い意味は無い。
(ええい! 年上の矜持を見せんか! ミュリエル!)
いちいち高鳴る心臓に叱咤しながら、今日も私はアドの魔法学の授業を終えた。
「ミュー、お疲れえ!」
「イリス!」
片付けをしているとイリスが裏庭へとやって来た。
「お久しぶりです。アドリア第二王子殿下。殿下におかれましては……」
「堅苦しい挨拶は良い」
アドの前にすぐ行き、臣下の礼で挨拶をするイリスをアドが手で制した。その様子を見て、ついポカンとしてしまった。
「はあ……アドって本当に王子様なんだね」
いつもやり取りしている雰囲気とは違う、アドの王子様としての貫禄に驚かされる。
「……何だよそれ」
アドは私の失礼な言葉に怒ることもなく、頬を緩めて笑った。その表情にどきりとしてしまう。
「へえ……」
その様子を見たイリスがニマっと笑って呟いた。
「イリス? 何か用だった?」
不思議に思いつつ、イリスに声をかける。
「ああ、うん。今日の仕事は終わったし、ミューの様子を見に来たの。そっちも終わったならご飯に行かない?」
「行く!」
イリスの嬉しいお誘いに私は即答した。
「……殿下もご一緒にどうですか?」
私の肩から顔をヒョコッと覗かせてイリスがアドを伺う。
「いや、アド……王子様を城下町の飲み屋になんて」
「えー、アドリア殿下はよく行ってらっしゃるから良いですよねえ?」
流石に……とイリスを嗜めようとするも、イリスはあっけらかんと誘う。
「いや……遠慮しておく」
アドは少しブスッとしながらも断った。
「そっかー、残念です! グレイも来るのに」
「えっ! グレイが?」
イリスの言葉に私が反応する。
イリスとはよく飲みに行くけど、私たちに遠慮してかグレイが参加するのは珍しい。
これは魔法騎士団のことを聞けるチャンス!と私は目を輝かせた。
「おい、グレイって誰だよ」
アドが急に立ち上がり、私たちの方へやって来る。
「へっ、イリスの――ふぐっ!」
どうしたんだろうと説明しようとすると、イリスに口を塞がれてしまった。
「魔法騎士団の超エリートイケメンですわ、殿下」
普段、グレイのことをそんなふうに言わないのに、イリスはにっこりとアドに説明した。
アドは目を大きく見開いたかと思うと、肩を震わせて宣言した。
「やっぱり、俺も行く!」
「ああ、だったら正しい手順で――」
すっかり日常になったアドと私の裏庭での勉強。
コツコツと何通りもある正しい詠唱をひたすら暗記し、実践に取り入れる練習をする。魔法陣の構築は後回しだけど、基礎的な所は完璧にするように計画を立てた。
アドは剣の練習もこなしながら、真剣に魔法学にも向き合い、メキメキと物にしていっている。ただ……
「あの、アド?」
「何だよ」
私は身を固くしながら、アドに問いかける。それなのにアドは何ともないように答える。
「近く、ないですか?」
もう限界、とばかりにアドに訴える。
アドは私を抱え込むように後ろから座り、参考書とノートにペンを往復させていた。
私は理由もわからず、身体を固くして動けずにいた。
「ミュリエルにはこれくらいしないと」
腕の中に私を収めたまま、解放する気が無いらしいアドは、ひたすらペンを走らせる。
「私、逃げないって言ったよね?!」
そんなに信用ないのかと、ぷるぷると震えながら抗議を続ける。
アドに「逃さない」と言われたけど、こんなに甘い状況は何なのか。ましてや人に見られたらどうするのか。
「わかったよ」
ぷるぷる震える目で訴え続けた私に観念して、アドは私をようやく解放した。
ホッとした私は光の速さでアドから距離を取る。
「……お前、俺のこと子供扱いするけど、お前の方が子供っぽいよな」
「何ですって?」
年上としては聞き捨てならない言葉につい眉が吊り上がる。
「婚約者いたんだろ……そいつとはこういうことしなかったのかよ」
「んな?!」
何を言い出すのかと声が裏返る。
「ア、アンリ様とは家同士が決めた婚約者で、私も勉強ばっかりでデートすらしたこと無かったから……」
説明した所で、教え子に何を言っているんだと我に返る。
「も、もう! 先生を誂わないの! マセガキなんだから――」
「……子供扱いするなって言ってるだろ」
アドを見上げた瞬間、彼の顔がすぐ側まであって、心臓が跳ね上がる。
「試験の翌日、俺は十七になる。来年には成人だってする――」
まるでキスをしそうなくらいのゼロ距離に、私のキャパはオーバーする。
「わ、わわわわかったから!!」
気付けばアドの胸を押しどけていた。
「子供扱いしないから、こういうことはやめて?!」
私の精一杯の抗議にアドは口の端を上げると言った。
「ふ……ガキ」
「な、何ですってええええ?!」
顔を真っ赤にして叫ぶ私から目を離すと、アドはまた机に目を落として勉強を始めた。
(おばさんの次はガキ?! こ、このおお)
アドに対する怒りで、さっきのドキドキはどこかへ行ってしまって、ホッとする。
生意気で年下の生徒。いつものアドに心底安心する自分がいた。
騎士団に一緒に行ってから、アドの様子がおかしい。時々、やたら甘い態度を取ってくるのだ。
アドに変な噂が立たないように愛称呼びも許可しなかったというのに、この生徒はまったくわかっていないのだ。
恨めしい顔でアドを見れば、目が合ってしまう。
彼はふっ、と優しい表情で笑うと、頬杖をついて私をじっと見つめた。
ドッ、と心拍音が上がる。やっと治まったのに、困る。
「男として意識させるのに有効だな――」
ポツリ、とアドが何か呟いたが聞き取れなかった。
「何?」
「何でもない。それより、ここだけど」
「あ、うん」
再び勉強モードになったアドにホッとしつつ、私はまだ赤い頬が冷めるようにパタパタと手で扇ぎながらアドの向かいに座った。
「ふ……赤っ」
「やめい!」
赤い私の頬をアドが触れて誂うので、私は思わず声を張り上げた。
まるで愛おしい人を見るかのような笑顔を向けてくるアドに困惑する。
私とアドはあくまでも師弟関係だ。アドも私に心を開いてくれただけで、深い意味は無い。
(ええい! 年上の矜持を見せんか! ミュリエル!)
いちいち高鳴る心臓に叱咤しながら、今日も私はアドの魔法学の授業を終えた。
「ミュー、お疲れえ!」
「イリス!」
片付けをしているとイリスが裏庭へとやって来た。
「お久しぶりです。アドリア第二王子殿下。殿下におかれましては……」
「堅苦しい挨拶は良い」
アドの前にすぐ行き、臣下の礼で挨拶をするイリスをアドが手で制した。その様子を見て、ついポカンとしてしまった。
「はあ……アドって本当に王子様なんだね」
いつもやり取りしている雰囲気とは違う、アドの王子様としての貫禄に驚かされる。
「……何だよそれ」
アドは私の失礼な言葉に怒ることもなく、頬を緩めて笑った。その表情にどきりとしてしまう。
「へえ……」
その様子を見たイリスがニマっと笑って呟いた。
「イリス? 何か用だった?」
不思議に思いつつ、イリスに声をかける。
「ああ、うん。今日の仕事は終わったし、ミューの様子を見に来たの。そっちも終わったならご飯に行かない?」
「行く!」
イリスの嬉しいお誘いに私は即答した。
「……殿下もご一緒にどうですか?」
私の肩から顔をヒョコッと覗かせてイリスがアドを伺う。
「いや、アド……王子様を城下町の飲み屋になんて」
「えー、アドリア殿下はよく行ってらっしゃるから良いですよねえ?」
流石に……とイリスを嗜めようとするも、イリスはあっけらかんと誘う。
「いや……遠慮しておく」
アドは少しブスッとしながらも断った。
「そっかー、残念です! グレイも来るのに」
「えっ! グレイが?」
イリスの言葉に私が反応する。
イリスとはよく飲みに行くけど、私たちに遠慮してかグレイが参加するのは珍しい。
これは魔法騎士団のことを聞けるチャンス!と私は目を輝かせた。
「おい、グレイって誰だよ」
アドが急に立ち上がり、私たちの方へやって来る。
「へっ、イリスの――ふぐっ!」
どうしたんだろうと説明しようとすると、イリスに口を塞がれてしまった。
「魔法騎士団の超エリートイケメンですわ、殿下」
普段、グレイのことをそんなふうに言わないのに、イリスはにっこりとアドに説明した。
アドは目を大きく見開いたかと思うと、肩を震わせて宣言した。
「やっぱり、俺も行く!」