落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

23

「お疲れ」

 研究棟に戻って来ると、イリスが入口で待っていた。

「イリス! どうしたの?」

 イリスの元へ駆け寄る私。

「真っ青な顔のアロイス様をとっ捕まえて話を聞き出したから、ここで待ってたの。その様子じゃ、上手くいったようですね、殿下?」

 イリスが私の後ろにいるアドににんまりと言った。

「ああ。お前に魔法石を頼んでおいて良かった」
「ミューのためですから」

 二人の会話に私は疑問を投げかける。

「この魔法石、直接イリスに依頼したの?! イリスもそれを受けたの?!」

 魔法石はイリスにしか作り出せない、貴重な魔法具。今は魔法騎士団にしか卸されておらず、簡単に手に入る物ではないのだ。アドは王族だし、テスト前とはいえ次期副団長だ。その伝手なのかなあ、と思っていたら、まさかのオーダーメイドだった。

「自分の魔力を他人に預けるってことの意味、ミューならわかるわよね?」

 イリスが耳元で囁く。

(自分の魔力を預けるということは、心を預けるということ……)

 ボッと顔が赤くなる。

「し、ししし師としてだから! 尊敬とかそーいうのだから! ほら、私たち、運命共同体だから!」

 アドの行動に、色っぽい意味がないことくらいわかっている。それなのに誂う表情のイリスについ動揺してしまった。

 アドは私に自分の人生を預けてくれたのだ。だから、この魔法石も信頼の証なのだ。浮ついた物ではないのだ。むしろアドに失礼だ。

 うんうん、と自分を納得させるように頷きながら、私は先生モードになる。

「……殿下、まだまだですね」
「うるせえ。これからだ」
「まあ、ミューをここまで動揺させたのは評価しますよ。色っぽいことに無縁なこの子が確実に意識してますから」
「…………」

 何故かイリスに両耳を塞がれ、二人が話している。

(秘密の話かな?)

 チクリ、と胸が痛む。

(ばっ……、バカ!!)

 私は何を思ったのか。

 イリスにはグレイという素敵な婚約者もいる。何より私をいつも心配してくれる親友に何を思ったのか。

 心のなかで自分の頬を往復ビンタする。

「とまあ、こんな騒ぎになったからには危ないからその魔法石は服の中に隠して身に付けておくべきね」

 ふっ、と両耳からイリスの手が離れる。

「俺がついてるから大丈夫だろうよ」
「ずっと、って訳にはいかないですからね」

 いつの間にか物騒な話になっていた。

 頭の中で疑問符を浮かべていると、イリスがこちらに顔を向けた。

「ミュー、魔術師団の天使と呼ばれるあんたの妹の取り巻き連中たちの前で、クラリオンのバカ息子をやっつけたんだから、それなりに恨みは買うし目を付けられるでしょうね。アロイス様も魔術師団に呼び出されてたし」
「えっ!!」

 かなり大事になっていた。

「それでもミュリエルの力を見せつけるには丁度良かったろ? 今頃、噂になっているだろうな」
「……あんた、わかっててあの勝負たきつけたの?」

 何故かドヤ顔のアドに、私はジト目で迫る。

「気分良かったろ?」

 にやりと笑うアドに、私も口元が緩んでしまった。

「うん! とっても!」

 お互い見合うと、片手でパアン、とハイタッチをした。

 魔力量を気にすることなく思うがまま魔法を使えるのは最高だった。何より、誇れる自分でアンリ様とクリスティーの前に立っていられたことが嬉しかった。

「アド、ありがとう」
「んなっ?!」

 ハイタッチの流れでテンションが上がった私はアドに抱きついた。

「あ、ごめん。嫌だった?」

 普段、無自覚に甘い行動を取るアドにとっては何でもないことだと思ったのに、彼は私から顔を背けている。

「ミューぅ、こっちも」

 イリスにべりっとアドから剥がされ、抱きしめられる。

 温かな親友のぬくもりに、私も抱きしめ返す。

「イリスもありがとね」
「この魔法石はミューがいないと出来なかったからね。商標登録も私と共同名義だし」
「えっ?!」

 知らない情報に目を見開いた私はイリスを凝視する。

「まあ、ミューに悪意が及ばないように表に出してないけどね。切札として?」

 あっけらかんと言うイリスに私は呆然とする。

「そんな……だってこれは、イリスの大切な研究で……夢でもあるのに……」

 そんな大切な物を、と泣きそうになる。でもイリスは少し怒ったように私の頬を両手で挟んだ。

「ばかミュー。あんたの魔法陣の構築と、魔法石にこめる詠唱が無いと、これも成り立たないのよ!」

 むにっと口を尖らせられたまま、イリスが寂しそうな表情で続ける。

「魔法は全ての人に平等――それはあんたの夢でもあるでしょ?」
「いりぃふ……」
「それを何も知らない奴らが無能って決めつけただけで自信失くしちゃってさ! 見てられなかったわよ」

 ぐぐぐ、とイリスの頬を挟む力が更に強まり、私は言葉を発せない。

「そこは俺がミュリエルを国一番の家庭教師にしてやるから大丈夫だろ」
「うるさい! 私の方がミューのこと知ってるんだからね?! 私が先にミューを守ろうと……」

 私の頬から手が離れ、イリスに再び抱きしめられる。

「イリス……?」

 泣いているのかと心配になり、そっと背中に手を回そうとすると、イリスは私の肩の上で顔をガバッと上げてアドに言った。

「でも! 最近のミューは本当に楽しそうで、活き活きしてて……っ! 悔しいけど、殿下のおかげだってわかってます!」
「イリス……」

 イリスの叫びに、そんなことを思っていたなんてと切なくなった。

「イリス、私、イリスに沢山助けられていたのに、腐ったりなんかしてごめんね……。いつもありがとう」

 イリスの背中を撫でながら言うと、彼女は私の肩に顔を埋めて泣いた。

「バカミューぅぅぅぅ!!」
「アドも、ありがとね。私、あなたの家庭教師になれて良かった」

 イリスをヨシヨシしながらアドに笑いかける。

「おう」

 アドもその綺麗なエメラルドグリーンの瞳を細めて笑った。

「…………でも、まだここ(・・)は私の場所だから」
「……にゃろう……」

 私の腕の中で意味不明なことを言うイリスに、アドが口をヒクヒクとさせていた。


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