落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

25

「アド! 相手の視線と私の視線を瞬時に見て判断して!」
「――――っ! 難易度高いこと言ってんじゃねえ!」

 ドオン、ドオン、と派手に魔法がうち放たれているのは、いつもの裏庭ではない。

「いやー、魔法騎士様と一緒に戦える日が来るなんてなあ!」
「殿下が副団長になればそんな日も遠くないでしょ」

 ガハハ、ハハハ、と隊長さんとグレイが笑い合う。

 私たちは騎士団の訓練場を借りて、二対二の実戦試験対策をしていた。

 隊長さんに相談したら、快く場所を貸してくれた。色んな戦法に対処出来るように、アド、隊長さん、グレイ、アーク、私が代わる代わるに組む相手を変えて戦う。

 騎士団の人たちは皆遠巻きにグレイを物珍しそうに見ていた。

 魔法騎士団の人たちは良い人が多いし、騎士団のことをバカにはしていないけど、関わることは少ない。魔術師団の人たちが彼らをぞんざいに扱うことも報告には上がらないと聞いている。お互いのことを知らなすぎではあるのだ。

「ねえねえ、アド、この魔法具凄いね? 僕魔力無いのに、魔法を防いだよ?」

 アークが肩で息をするアドに近寄り、笑顔で言った。

 隊長さんや私は魔力量は少ないけど、魔法は使える。だから魔法具によって力を底上げ出来るのだ。

 アークのように魔法が使えない人でも、魔法具を纏うことにより防御は出来るのだ。

 イリスが開発した魔法石と違って、魔法が編み込まれた魔法防具は魔法騎士団、魔術師団に充分行き渡る程の供給がある。なのに騎士団に渡らないのは、この国のくだらない考えのせいだ。

(いくら剣の腕が良くても、魔法が飛んできて怪我をする騎士はいっぱいいる。前線で戦う彼らこそ必要なのに……!)

 魔法は全ての人に平等であるはずなのに、平等なんかじゃない。

 魔法防具を見て笑うアークを見て、悔しく思っていた気持ちが込み上げ、拳を握った。

「ミュリエル、お前の夢も俺が持って行くから」

 俯いていた私の前にいつの間にかアドが立っていて、その影で日差しが遮られる。

「アド……?」
「一ヶ月後の試験に俺は必ず受かる。残りの一年で余すこと無くお前に教わったら、俺は副団長に就任する。そうすれば、魔法を全ての奴らに平等にしてやる」

 顔を上げた私に、パアッと光が差す。

 太陽に照らされたアドの黒髪は輝いて、エメラルドグリーンの瞳は宝石のように眩しい。

 目の前の教え子は、いつの間に人の夢まで背負えるようになったのか。

 その眩しさにくらりとする。

「おい、ミュリエル?」

 心配そうに覗き込むアドは、人としても大きくなった気がする。

「うん! 任せた!」

 そんなアドに泣きそうなのを堪え、笑った。

「なーんか、イリスが焼きそう」

 私たちを見ていたグレイが呟く。

「ふふふ、あの女には出来ないことをするのが俺の役目だからな」
「殿下、カッコイー」

 すっかり仲良くなったアドとグレイが戯れている。

「イリスって、グレイのいい人ー?」
「おう! 俺の婚約者で大切な人。イリスもここに来たいだろうなー」
「えー、連れて来ちゃいなよー」

 人懐っこいアークと気さくなグレイは、あっという間に仲良くなってしまった。

「この騎士団も賑やかになったなあ!」

 隊長さんが腕を組みながらガハハ、と笑った。

 そう、賑やかになった。アドの試験に協力してくれる人がこんなにいる。

 魔法学校に通っていた頃の孤独なアドとは違う。騎士団以外にも信頼できる仲間を増やしている。それは、今後副団長として生きていくアドにとって何よりの財産になるだろう。

「ところで、ミュー嬢への道場破りは収まったのか?」
「…………前よりは」

 隊長さんがふと、私に聞いてきたので、私はげんなりと答える。

「確かに前はよく来ていたのに、あいつら頻度少なくなったよなー」
「あいつらは騎士団にまで足を踏み入れようとはしないからな」

 グレイがそーいえば、と声をあげるとアドが侮蔑な顔で言った。

 魔術師団の人たちは騎士団を蔑んでいる。だからここまでは追いかけてこないのだろう、とアドは怒っている。

 確かにひっきりなしにやって来て、顔見知りにまでなってしまった一部の魔術師団の人たち。

 悔しそうに、でも挑む表情が楽しそうで、彼らも魔法が好きで、向上する努力をしているのだと感じた。

(魔術師団にもああいう人たちがいるんだなあ……)

 壁を作っていたのは私もかも、と反省をする。

「ミュリエル、魔法騎士団には来てくれないよなー。手合わせしたいって奴はいるのに」
「行けるわけないでしょ!! それに私はアドの家庭教師なんだから」

 アドのおかげで自分に自信が持てるようになったけど、魔法騎士団になんて恐れ多くて行ける訳がない。

 それに、アドの家庭教師である私が何かやらかしたら、彼の足を引っ張りかねない。それだけは避けたい。

「いや……むしろ、行ってこいよ」
「はあ?!」

 少し考え込んでアドが言った。

「魔法騎士団に潜入出来る機会なんて、なかなか無い。ミュリエル、行ってちょっとどんな奴らか対策練ってこいよ」
「………………!!」

 にやりと企みを告げるアドは、勝利を確信したかのようだ。そんな顔をされては断れない。

「…………っ、アドのためになるなら……」
「さすが俺の家庭教師」

 満面の笑顔を向けたアドに胸がきゅう、となる。

 アドの向ける私への信頼が心地よくて、どんどん大人になっていくアドに家庭教師として誇らしくて。

 でも、この胸の痛みが何なのか、私は考えちゃダメなんだと思う。

「アドには立派な副団長になってもらわないとね。そのために先生として出来ることはやり尽くすわ」

 目の前の眩しいエメラルドグリーンの瞳を凝視なんて出来なくて。

 私は先生モードを保つのが精一杯だった。
 
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