落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

29

「待ってよ、アド!」

 魔法省を出て城下町の方向へ歩いて行こうとするアドに何とか追いつき、呼び止めた。

「何だよ……」

 仄暗い顔でこちらを振り向いたアドにどきりとする。

 せっかく心を許してくれるようになって、お互い、信頼関係が築けていたと思っていたのに。

「……私は逃げないし、アドの家庭教師をやり切るって言ったでしょ? 信じられない?」

 ぐっと胸の前で拳を握り、アドに訴える。

「……お前は一生、俺の物だ」

 アドの様子がおかしい。

 彼はそう呟くと、私の腕を取った。

「アド……?」
「ミュー、お前は一生俺の側にいるんだ。いてくれるよな?」
「一生?! 魔法騎士団に入ったら家庭教師は必要ないでしょ?」

 強い圧でこちらを見るアドに、驚いて返す。

「ガキ……」
「何ですって?! あ、それに、愛称呼びはダメだって――」

 アドの言葉に抗議しようとした所で、不意に唇が塞がれる。

 何が起きているのか一瞬わからず、考える。

「ふっ――ん――!!」

 気付けばアドにキスをされていた。

 強い力で腕を取られ、身動ぎするも振り払えない。

 アドの熱い熱が唇に伝わり、心臓の鼓動が早くなる。

「…………ミュリエル」

 ようやく解放され、見上げたアドの瞳が熱っぽい。

「――――っ、離して! からかわないでよ! こんなことして、誰かに見られたらどうするの?!」

 人通りが少ない裏手の道とはいえ、ここはまだ王城内だ。私は先生としてアドに指導をする。

「からかってなんかない!」
「アド……?」

 声を荒げたアドは未だに私の腕を離してくれなくて。綺麗なエメラルドグリーンの瞳が揺らいでいる。

「俺は、お前が好きだ」
「え――――」

 真剣なその瞳のアドから信じられない言葉が飛び出て、私は何も言えなくなってしまう。

「俺はミュリエルには、家庭教師じゃなくて、一人の女として一生俺の側にいて欲しい」
「え……」

 けしてからかってなんてない。真剣な瞳のアドに心臓が煩い。

「俺と結婚して欲しい」

 エメラルドグリーンの瞳に見据えられ、動けずにいると、城壁を隔てた奥の方で人の声がしてびくりとした。

「ないない! だって、アドは王族で次期魔法騎士団副団長様だよ? 私なんて――」

 この話を切り上げようと、私はつい茶化して言ってしまった。

「……お前まで俺をそんな括りで見るのか」

 傷付いた表情のアドに、しまったと思う。

「アド――――っ……」

 声をかけようとした私の腕にアドがより強く力を入れ、私は顔をしかめる。

「なら、王族命令だ。ミュリエル、俺の妻になれ。」
「なっ――?」

 瞳が陰り、淡々とした声色でアドが言った。

「王族の命令ならお前は俺から離れられないだろ。それにシルヴァラン伯爵家を勘当されたんだ。平民落ちするより、王子妃になるほうがよっぽど良いだろ?」
「バカッ!!!!」

 アドの言葉に腹が立って、気付けば怒鳴っていた。

「あんたが一番、そういうの嫌ってたんじゃないの?! どうして私の……先生のいうことが信じられないのよ? 私は、あんたが求めるならどれだけだって一緒にいてあげるわよ!」
「ミュリエル……」

 するりとアドの腕が緩められる。

「家庭教師としてね」

 アドの瞳が大きく見開かれる。

「んだよ、それ」
「あなたは年上の私を信用してくれた。だから、お母様に似た感情を勘違いしているのよ」
「……お前何を言ってるんだ」

 アドの表情がどんどん険しくなる。

「アドのそれは、一時の感情で、恋なんかじゃない」
「お前に俺の何が……っ」

 きっぱりと告げた私にアドは怒りの感情を見せる。

殿下(・・)、どうか私に家庭教師として最後までやり遂げさせてください」

 あえて突き放すように、きっぱりとアドの瞳を見て言った。

「……それがお前の返事か……」

 アドは私から目を逸し、少し逡巡すると、再び私を見つめて言った。

「そうかよ……。わかった」

 何も言わず、ただ真っ直ぐに見つめ返す私を見て、アドは小さく言うと、もう何も言わなかった。

 私に背を向け、その場を去って行くアド。

「だって、仕方ないじゃない……」

 遠ざかるアドの背中に向かって私は誰にも聞こえない声で呟いた。

(あんたは王子様で、私はあんたの家庭教師じゃなきゃ無職になるのよ)

 そうじゃなきゃ、一緒にいられない。自信を持って隣にいられない。

 魔法は全てに平等であるべきだと言いながら、私はアドが一番嫌がる方法で線引きをしてしまった。

 男の人の表情で、その感情を見せたアドに、まだ心臓が煩い。

 私はキスをされた唇にそっと指で触れる。

(私は最後まであなたの先生でいたいの)

 一ヶ月後の試験をパスすれば、晴れて私も家庭教師として正式に認められる。その後一年、アドにはしっかりと学んでもらい、私が魔法騎士団へと送り届ける。幸い、協力してくれる人も増えて、副団長になってからも彼の力になってくれるだろう。

 アドの副団長姿を一目見たら、今度こそ王都を離れ、私塾を開こう。

 団長様やイリスの誘いはありがたいけど、シルヴァラン伯爵家を勘当され、平民同然の私が迷惑をかけるわけにはいかない。今は王族であるアドやヘンリー王太子殿下の力で家庭教師をやれているけど、アドが副団長に就任すればお払い箱だ。

 この仕事が成功したら魔法学校に復帰出来るかも、と夢見たこともあった。

 しかし、みんなと過ごす時間が楽しくて、忘れていた。

 この国は魔力量が絶対で、貴族社会であること。

 私はアドの力によって今、生かされていること。

「せめてあなたの先生として誇りを持って去らせて」

 胸の奥にある想いに気付かないフリをして、私はもう姿が見えなくなったアドに呼びかけた。

 
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