落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

31(アドリア視点)

「おい、アーク、俺はまだ勉強があるのに何だよ」

 アークに引っ張られ、何故か城下町の飲み屋まで連れられて来た。

「いーから、入って!」

 いつもの雑多な場所とは違い、仕切られた個室のある店に押し込まれる。

「殿下、お疲れ様です」
「グレイ?!」

 個室で先に座っていたのはグレイだった。
 つい先程まで俺の訓練に付き合ってもらい、仕事があるからと別れたはずだった。

「緊急招集だよー」

 アークがニコニコと座席に俺を追いやる。

「おう、間に合ったか?」
「隊長?!」

 ガラッと扉を開け、隊長までやって来た。

「で? こんな所に集めて何だよ」
「まずは注文ねー」

 アークを問い詰めるも、スルーされてしまう。

 皆の飲み物が揃った所で、乾杯になる。

「あれ、グレイも果実水?」
「俺、まだ仕事あるから」

 俺と同じ果実水のカップを掲げるグレイが苦笑する。

「仕事があんのに何でこんなとこ来てんだよ」

 ブツブツと文句を言う俺に、グレイがにかっと笑う。

「いや、だって、アークが殿下の一大事って言うから。ミュリエルにも関わる大変なことだって……」
「おい」

 グレイの説明に、俺はアークを睨む。アークは、テヘペロっとした顔を見せると、すぐに真面目な顔になった。

「で? アドはミューさんに告白したの?」
「は?」

 アークの問に全員の視線がこちらに向く。

「手、出したのか?」
「は?」

 今度は隊長が下世話な質問をしてくる。

 目をランランとさせる二人の中、グレイが空気を読まずに言った。

「えっ……殿下、ミュリエルのこと、そういう意味で好き、だったんですか?」
「お前は今更何を言っているんだ……」

 婚約者(イリス)がいないため、俺が突っ込むはめになった。

「で? で?」

 期待した目で急かすアークに、観念して吐いた。

「キス、したよ!」

 おお〜、と三人からは声が上がる。それと同時に三人からは責められる。

「えー、アド、それ、ちゃんと許可取った? ダメだよ? 女の子に無理やりは」
「ミュー嬢も婚約破棄されて日が浅い。変な噂で傷付くのは彼女なんだぞ?」
「殿下、いくら好きな子が可愛いからって、それはアウトですよ」
「だーーっ、うるさい! 俺はちゃんと責任も取るつもりでプロポーズもしたんだ!」

 三人の言葉に、つい、いらぬことまで言ってしまった。

「ええ? いきなり? やば。どんだけ焦ってんの? そりゃ、他の人にかっさわれないように言ったけどさー」
「アド、そういうのは順序を踏んでだな……」
「ははっ! 殿下、けっこう重いんですねー」
「うるせー!」

 三人が引きながらも物怖じせずに意見をしてくる。

 隊長とアークは元々付き合いがあったが、こんなことを話し合う間柄ではなかった。むしろ、俺があまり話さないタイプだった。

 そこにグレイが加わり、一人の女のことについて話している。昔の俺が見たら信じられないだろう。

 気を許せる存在が目の前にいることに、改めて気付かされる。

(これは、ミュリエルが作ってくれた場所だ)

 一人でツンツンしていた俺に、協力者をどんどん呼び寄せ、気付けば頼もしい仲間が増えていた。

『家庭教師としてね』

 そう言い放ったミュリエルの顔は、真っ直ぐに俺を見ていた。

 少し触れただけで顔を赤くさせるあいつに、脈はあると思っていた。なのに――

「近付けたと思っていたのに……」

 ついぽろりと溢れる。

「アドは性急すぎるんだよ。いくらミューさんを自分の物にしたいからって。国一番の家庭教師にするんじゃなかったの?」

 アークの言葉に耳が痛い。

「まあまあ、アーク。アドが焦る理由もあるんだろうさ」

 アークを嗜めてくれた隊長は、流石に噂を知っているらしい。

 水面下で進んでいる、俺の婚約話。

 親父が進めているらしいが、相手がどこの誰かはまだ突き止められていない。ミュリエルじゃないのは確かだ。

 そして、どんどん周りに認められていくミュリエルが嬉しかったはずなのに、俺は焦った。

 極めつけが、魔法騎士団へのスカウトだ。周りが俺からアイツを引き離そうと、奪おうとしているのだと疑心暗鬼になった。

「でも殿下はミュリエルのこと、先生って呼んでたよな。それって、ミュリエルのこと諦めたってこと?」

 グレイが考え込みながら聞く。

 ミュリエルにキスをしたこと、プロポーズしたこと、確かに性急だった。でも、後悔はしていない。

 あいつがまだ(・・)家庭教師でいたいというなら、いさせてやれば良いと思った。

 それなら魔法騎士団に入るまであいつを囲い込んで、じっくりとわからせればいい。

 あいつが俺の元からいなくならないなら、時間はある。

 そう思い直した俺は、あいつを「先生」と呼ぶことにした。

 ミュリエルを安心させるためでもあるが、俺を自制するためでもある。

 油断すると甘い態度であいつに触れ、抱きしめたい衝動に駆られてしまうのだ。

「それは僕も思ってた。アドってば、ミューさんのこと諦めちゃったの?」

 アークがグレイに乗っかってこちらを見た。俺は不敵に笑ってみせた。

「……まさか」
「はあ、ミュー嬢も厄介な奴に捕まったよなあ」

 隊長が苦笑して言った。

 そう。俺はミュリエルを手放す気なんてない。あの時、俺の心を掴んだアイツを、俺の手を取ってくれたアイツを、絶対に。
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