落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜
34
「お久しぶりですお姉様」
「クリスティー?!」
アンリ様に屋敷の中へと連れて行かれると、そこには妹のクリスティーがソファーに座り、待っていた。
私は絨毯の床にそのまま押し倒される。
「何であなたが……ここはどこ? 何でこんなことするの?! アロイス様に何をしたの?!」
「そんなに一気には答えられませんわ、お姉様」
叫ぶ私にクリスティーはゆったりと微笑んで言った。
「まあ、でもそうですね。アドリア殿下の噂の婚約者は私、とだけ言っておきましょうか?」
クスクスとクリスティーが笑いながら答える。
「あなたが、アドの?」
私の言葉にクリスティーの眉がピクリと動く。
「私の婚約者を気軽に愛称で呼ばないでいただけます? お姉様、私の信者たちを奪っただけじゃ飽き足りないの?!」
「え、何のこと……」
クリスティーの言葉に私は首を傾げた。
「魔術師団の人たちがお姉様の元に通っていたでしょう!? 皆、口を揃えてお姉様の魔法は凄いだの、勉強になるだの、次は勝つ、だの! 私に夢中だったはずなのに!!」
クリスティーの言葉に、そういえば最近見ないけど、道場破りみたいなのが来ていたな、と思い出す。
でも、元々はクリスティーの仇討ち目的だった気がする。
「魔術師団長様が研究棟への出入りを禁止する程の騒ぎでしたのよ!!」
クリスティーの言葉に、へー、そうだったのか、と思う。
(どうりで最近見ないわけだ。てか魔術師団がそんなことになっていたなんて)
「でも、調子に乗るのもそこまでですよ、お姉様!」
「へ?」
高らかに笑うクリスティーに私は疑問符を浮かべる。
(調子も何も……)
「魔術師団長様のお口添えで、私は王太子妃になるの!」
「えっ? 王太子はヘンリー殿下でしょ?」
さっき、アドの婚約者だと言ったクリスティーについ疑問をぶつける。
「バカですわねお姉様。魔術師団長様がアドリア殿下をこそ王太子にと動いていらっしゃるのですわ」
クリスティーの話が魔法騎士団長様のクラウド様の話と合点する。
(そうか、アイツが……)
「うふふ、あのアドリア殿下は私の物よ! お姉様になんかあげないんだから!」
考え込む私にクリスティーが言った。
「アドは物なんかじゃない!」
「黙れ」
クリスティーに怒鳴れば、ずっと黙っていたアンリ様に床に身体を押し付けられる。
「……っ! アンリ様は、クリスティーのことを愛していたんですよね?! それで良いんですか?!」
何とか顔をアンリ様の方へ向けて叫ぶ。
「もちろん愛しているさ。でもそれは、妻という形じゃなくてもいいのさ。クリスティーはこれからも俺を愛してくれると言う。俺は、魔術師団長とシルヴァラン伯爵家の当主という座が手に入るからいい」
アンリ様は恍惚とした表情でクリスティーの方を見た。
「魔術師団長様は、アンリ様はお姉様に返せば良いとおっしゃったわ。でも私、お姉様には何もあげたくないの。アンリ様が魔法師団長になれば、お父様も彼を養子として迎え入れるでしょ? だから――」
クリスティーがにんまりと笑う。
「お姉様は、死んで?」
「――――っ?!」
不気味なクリスティーの笑顔に身体が強張る。アンリ様はそんな私を逃がすまいと拘束を強める。
「魔術師団長様は、明日の試験が失敗するならどんな手段でも良いとおっしゃったわ。だから、試験前に殿下にお姉様の死体をお届けするの。きっと動揺した殿下は魔力を暴走させる。それを止めるのが魔術師団長様よ。アドリア殿下は今度こそ、魔術師団の手中よ」
「…………魔術師団長はそうしてアドを取り込んで、王太子にして、操り人形にしようとしてるって訳ね」
「さあ? でも魔術師団長様にお任せしておけば全てが上手くいくわ。お姉様は私の花嫁姿を見られなくて残念ね?」
(よくも、そんな……こと……)
隊長さんから聞いた、アドがお母様を亡くして魔力を暴走させた話が頭をよぎり、クリスティーに腹が立った。
ペラペラとよく話すのは私を殺そうと思っているからなのか。クリスティーは笑顔を崩さずに話す。
「そんなこと……っ、流石にヘンリー殿下も黙っていないわっ……」
「国王陛下自らご決断されるから問題ない」
ご決断される?
「そうなるのが決まっているかのように言うのね?」
私の言葉にアンリ様はニヤリと笑っただけで、何も言わなかった。
「死んでゆくお姉様には関係のないことですわ! それに、シルヴァラン伯爵家を勘当されたお姉様は平民同然! お姉様の死因くらい、魔術師団長様が何とでもしてくれるわ」
クリスティーの言葉にアンリ様がナイフを取り出した。
(本当に私を殺す気?!)
ガキン!
急いで唱えた魔法でアンリ様のナイフを折った。
がくん、と身体の力が抜ける。
(何で?!)
急いで胸元のネックレスを確認する。
「お姉様のお探しの物はこれ?」
クリスティーの手には、アドにもらった魔法石のネックレスがぶら下がっていた。
「いつの間に……」
今の魔法だけで魔力を消費した私は立ち上がれない。
「ふふふ、魔力量の無いお姉様なんて、やっぱり無能でしかないわ。アンリ様、やって」
クリスティーの言葉でアンリ様が私の目の前にゆらりと立つ。
「魔術師団員の前で恥をかかせられた恨み、晴らさせてもらうよ」
彼の魔法が私の前で構築されていく。
腐ってもクラリオン伯爵家子息の彼は、魔力量が多い。そんな彼の上級魔法を防ぐ呪文も魔法陣の構築もわかっているのに、私にはそれを作れる魔力量が無い。
(こんな所で死にたくない!!)
やっと明日、アドの努力や苦労が実を結ぶというのに。
(それを見届けられないのも、邪魔するのも――嫌だ!!)
動かない身体を這うようにして地面を動く。
「ふふ、ふふふふふ! なんて無様なのかしら!
それで逃げられると思っているの?」
後ろからクリスティーの笑い声が聞こえたかと思うと、アンリ様の足で背中を縫い留められた。
「クリスティーのために死ね、ミュリエル」
大きな魔法陣を光らせながらアンリ様が言った。
(ああ、どうせ死ぬなら、私も好きって伝えれば良かったな)
アンリ様が魔法を放つ瞬間、そんなことが過った。
自分の気持ちにびっくりしつつも、必死に蓋をしていた想いに気付いて、後悔した。
(アド……あなたの夢が叶うように祈ってるわ)
アンリ様に床に縫い留められ、動けない私は観念する。
「諦めてんじゃねーよ」
目を閉じた私の耳に聞こえてきたのは、アドの声だった。
「クリスティー?!」
アンリ様に屋敷の中へと連れて行かれると、そこには妹のクリスティーがソファーに座り、待っていた。
私は絨毯の床にそのまま押し倒される。
「何であなたが……ここはどこ? 何でこんなことするの?! アロイス様に何をしたの?!」
「そんなに一気には答えられませんわ、お姉様」
叫ぶ私にクリスティーはゆったりと微笑んで言った。
「まあ、でもそうですね。アドリア殿下の噂の婚約者は私、とだけ言っておきましょうか?」
クスクスとクリスティーが笑いながら答える。
「あなたが、アドの?」
私の言葉にクリスティーの眉がピクリと動く。
「私の婚約者を気軽に愛称で呼ばないでいただけます? お姉様、私の信者たちを奪っただけじゃ飽き足りないの?!」
「え、何のこと……」
クリスティーの言葉に私は首を傾げた。
「魔術師団の人たちがお姉様の元に通っていたでしょう!? 皆、口を揃えてお姉様の魔法は凄いだの、勉強になるだの、次は勝つ、だの! 私に夢中だったはずなのに!!」
クリスティーの言葉に、そういえば最近見ないけど、道場破りみたいなのが来ていたな、と思い出す。
でも、元々はクリスティーの仇討ち目的だった気がする。
「魔術師団長様が研究棟への出入りを禁止する程の騒ぎでしたのよ!!」
クリスティーの言葉に、へー、そうだったのか、と思う。
(どうりで最近見ないわけだ。てか魔術師団がそんなことになっていたなんて)
「でも、調子に乗るのもそこまでですよ、お姉様!」
「へ?」
高らかに笑うクリスティーに私は疑問符を浮かべる。
(調子も何も……)
「魔術師団長様のお口添えで、私は王太子妃になるの!」
「えっ? 王太子はヘンリー殿下でしょ?」
さっき、アドの婚約者だと言ったクリスティーについ疑問をぶつける。
「バカですわねお姉様。魔術師団長様がアドリア殿下をこそ王太子にと動いていらっしゃるのですわ」
クリスティーの話が魔法騎士団長様のクラウド様の話と合点する。
(そうか、アイツが……)
「うふふ、あのアドリア殿下は私の物よ! お姉様になんかあげないんだから!」
考え込む私にクリスティーが言った。
「アドは物なんかじゃない!」
「黙れ」
クリスティーに怒鳴れば、ずっと黙っていたアンリ様に床に身体を押し付けられる。
「……っ! アンリ様は、クリスティーのことを愛していたんですよね?! それで良いんですか?!」
何とか顔をアンリ様の方へ向けて叫ぶ。
「もちろん愛しているさ。でもそれは、妻という形じゃなくてもいいのさ。クリスティーはこれからも俺を愛してくれると言う。俺は、魔術師団長とシルヴァラン伯爵家の当主という座が手に入るからいい」
アンリ様は恍惚とした表情でクリスティーの方を見た。
「魔術師団長様は、アンリ様はお姉様に返せば良いとおっしゃったわ。でも私、お姉様には何もあげたくないの。アンリ様が魔法師団長になれば、お父様も彼を養子として迎え入れるでしょ? だから――」
クリスティーがにんまりと笑う。
「お姉様は、死んで?」
「――――っ?!」
不気味なクリスティーの笑顔に身体が強張る。アンリ様はそんな私を逃がすまいと拘束を強める。
「魔術師団長様は、明日の試験が失敗するならどんな手段でも良いとおっしゃったわ。だから、試験前に殿下にお姉様の死体をお届けするの。きっと動揺した殿下は魔力を暴走させる。それを止めるのが魔術師団長様よ。アドリア殿下は今度こそ、魔術師団の手中よ」
「…………魔術師団長はそうしてアドを取り込んで、王太子にして、操り人形にしようとしてるって訳ね」
「さあ? でも魔術師団長様にお任せしておけば全てが上手くいくわ。お姉様は私の花嫁姿を見られなくて残念ね?」
(よくも、そんな……こと……)
隊長さんから聞いた、アドがお母様を亡くして魔力を暴走させた話が頭をよぎり、クリスティーに腹が立った。
ペラペラとよく話すのは私を殺そうと思っているからなのか。クリスティーは笑顔を崩さずに話す。
「そんなこと……っ、流石にヘンリー殿下も黙っていないわっ……」
「国王陛下自らご決断されるから問題ない」
ご決断される?
「そうなるのが決まっているかのように言うのね?」
私の言葉にアンリ様はニヤリと笑っただけで、何も言わなかった。
「死んでゆくお姉様には関係のないことですわ! それに、シルヴァラン伯爵家を勘当されたお姉様は平民同然! お姉様の死因くらい、魔術師団長様が何とでもしてくれるわ」
クリスティーの言葉にアンリ様がナイフを取り出した。
(本当に私を殺す気?!)
ガキン!
急いで唱えた魔法でアンリ様のナイフを折った。
がくん、と身体の力が抜ける。
(何で?!)
急いで胸元のネックレスを確認する。
「お姉様のお探しの物はこれ?」
クリスティーの手には、アドにもらった魔法石のネックレスがぶら下がっていた。
「いつの間に……」
今の魔法だけで魔力を消費した私は立ち上がれない。
「ふふふ、魔力量の無いお姉様なんて、やっぱり無能でしかないわ。アンリ様、やって」
クリスティーの言葉でアンリ様が私の目の前にゆらりと立つ。
「魔術師団員の前で恥をかかせられた恨み、晴らさせてもらうよ」
彼の魔法が私の前で構築されていく。
腐ってもクラリオン伯爵家子息の彼は、魔力量が多い。そんな彼の上級魔法を防ぐ呪文も魔法陣の構築もわかっているのに、私にはそれを作れる魔力量が無い。
(こんな所で死にたくない!!)
やっと明日、アドの努力や苦労が実を結ぶというのに。
(それを見届けられないのも、邪魔するのも――嫌だ!!)
動かない身体を這うようにして地面を動く。
「ふふ、ふふふふふ! なんて無様なのかしら!
それで逃げられると思っているの?」
後ろからクリスティーの笑い声が聞こえたかと思うと、アンリ様の足で背中を縫い留められた。
「クリスティーのために死ね、ミュリエル」
大きな魔法陣を光らせながらアンリ様が言った。
(ああ、どうせ死ぬなら、私も好きって伝えれば良かったな)
アンリ様が魔法を放つ瞬間、そんなことが過った。
自分の気持ちにびっくりしつつも、必死に蓋をしていた想いに気付いて、後悔した。
(アド……あなたの夢が叶うように祈ってるわ)
アンリ様に床に縫い留められ、動けない私は観念する。
「諦めてんじゃねーよ」
目を閉じた私の耳に聞こえてきたのは、アドの声だった。