落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

36

「ミューさん!」
「ミュー嬢!」

 騎士団を引き連れた隊長さんとアークが部屋に駆け込んで来た。

「あれっ、二人ともどうして……」

 現れた二人に驚き、目を瞬く。

「アドに言われて俺たち、動いたんだ」

 アンリ様とクリスティーが騎士団に拘束される様を眺めていると、アド、隊長さん、アークが私の元へと集まる。

「魔法省の断りもなく、大丈夫なの?」

 心配する私に、アドは「大丈夫だ」と微笑んだ。

「わー、すっかり元の二人に戻ったね? 良かったー」

 無邪気に笑うアークに、先程のキスが思い返され、私は顔が赤くなる。

「そ、それより……どうしてアドはここがわかったの?」

 ごまかすように話題を変える。

「ああ。アロイスが俺の所に駆け込んで来た」
「アロイス様が?」
「ミュリエルが殺される、助けて欲しいとな」

 アロイス様には騙され、見捨てられたと思っていた。

「良かった……」

 アロイス様が悪い人じゃなくて。

 最終的には私を助けてくれて。

 そんなことを呟けば、アドは呆れたように笑い、私を抱き寄せた。

「……心配した。勝手に死のうとしてんじゃねーよ」
「……ごめん」
「間に合って本当に良かった」

 ぎゅう、と私を抱き締めるアドの腕に力が入る。

「ごめんね、アド」

 私は何度もアドに謝りながら、彼の背中をさすった。

「……だから、お前は俺を子供扱いすんな」

 顔を寄せられ、アドの綺麗なエメラルドグリーンが迫る。

「ちょ、ちょ、ちょ……」

 隊長さんもグレイも見ているのにと、ゼロ距離のアドに身をよじる。

「観念しろって言っただろ」

 アドはそんな私を離そうとせず、甘い表情さえ崩そうとしない。

「うわー、アド、だから詰め過ぎだって」
「お前、明日の試験に受かったらって言ってなかったか?」

 私たちの間を割って隊長さんとアークが半目でこちらを見ていた。

「そそそ、そうだ! 試験!!」

 穴の空いた天井からは朝日が差し込んでいる。

 アドを剥がしつつ、明日の試験を思い出し、慌てる。

「試験前にアドに徹夜させちゃった……」

 結局迷惑をかけてしまっている。

 落ち込む私の手を取り、アドはその指に唇を落とした。

「心配すんな。国一番の家庭教師にしてやるって言っただろ?」

 良く見れば、目の下にほんのり隈をつくっているアド。

 最終調整で試験対策もがっつりやって疲れていたはずなのに、こんな騒ぎに巻き込んで、アドの足手まといになってしまい、悲しくなる。

(こんなんで本当に良い家庭教師って言えるのかな?)

 アドに返事が出来ずに、俯いてしまう。すると彼は私の手を引き、再び私の身体を逞しい腕の中に収めた。

「ミュリエル、俺はお前がいたから今の俺がいるんだ。俺のこと教え子として恥ずかしくないと思うなら、もっと胸を張れ」
「……アドは立派な教え子だよ」

 アドの言葉に泣きそうになりそうなのを我慢しながら言った。

「なら、俺だけを見てろ」
「うん……」

 アドの言葉に押されるように、素直に返事をしてしまった。

 アドは私の返事を聞いて、満足気に笑った。

「明日の試験後、楽しみだな」
「? うん」
「覚悟しとけよ?」
「うん?」

 前から言っている意味の分からないことに私は返事をしながらも首を傾げる。

「明日の試験を受けられればですがね、殿下!」

 突然現れた声に振り返れば、アンリ様とクリスティーを拘束していた騎士団員たちがいつの間にか魔術師団に囲まれている。その中心に立っていたのは、今回の諸悪の根源、魔術師団長だった。

「殿下、魔法省の断りもなく勝手に騎士団を動かして、王族といえどその勝手な行い、陛下の前で糾弾しますぞ!」
「アド……」

 魔法師団長の後ろでは、拘束をとかれたクリスティーがこちらを見てほくそ笑んでいた。

「その家庭教師は約束通り牢獄行き、騎士団も今回の件で関わった者は解雇ですな」
「! 騎士団は関係ないじゃない! そんなことでこの国の人財を捨ててしまうの? それこそ勝手じゃない!」
「ミューさん……」

 魔術師団長の言葉に腹が立ち、私は意見した。アークが目を見開いてこちらを見ていた。

「またお前か。一度ならず二度も私に意見するなど……落ちこぼれで低層の研究員が……」

 ギラリと鋭い瞳で魔術師団長がこちらを睨む。

「この場で貴様を処刑する権限くらい、私にはあるのだぞ?」

 手を構えた魔術師団長にゾクリとする。

「待ってくれ。俺も責任を持ってどこへでも出廷するから、この場での殺生沙汰はやめてくれないか」
「隊長さん……」

 隊長さんが私の前に出てかばってくれる。

「ふ……デレル伯爵ですか。大人しく騎士団で隊長職をやっていればいいものを。底辺でも隊長は隊長。それを捨ててまでこんな茶番に付き合うなんて馬鹿ですね」
「なっ――」

 飛び出そうとした私を隊長さんが手で制する。

「茶番なんかじゃないさ。俺は、若い世代に期待しているんでね。きっと良い方に変わる。それを見届けられるなんて最高のポジションじゃないか」
「処断が決まった後もそう言えるか見ものですね」

 隊長さんの言葉に魔術師団長は勝ち誇ったかのように笑うと、私たちを拘束した。

「アド……っ」

 アドと引き離され、私はアークと連れて行かれる。

「ミュリエル」

 アドは落ち着いていた。

 その瞳を見れば、「大丈夫だ」と言っているのがわかった。私はそれだけで安心して、落ち着くことが出来た。
 
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