落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

04

 私の部屋は、屋敷の奥の角、二階にある。

「よっと」

 すっかり酔いが覚めた頭で、私は呪文を唱える。

「我、ミュリエル・シルヴァランが精霊に願う。風を起こし、我が身体を運びたまえ」

 正しい(・・・)呪文の詠唱と構築。

 魔力量が多い人たちはそんな手順など飛ばして、感覚でやってのけてしまう。

 魔力を手にしながら、驕ってしまっているこの国の魔術師たちをもったいない、と思うと同時に、ちゃんとやらないならその魔力を私にくれよ、とも思う。

 ふわりと風が舞い起こり、私の身体は部屋のバルコニーまで持ち上げられる。

 すとん、とバルコニーに降り立った私は扉を開ける。この時のために鍵は開けてあるのだ。使用人たちも立ち入らないこの部屋だからこそ出来る。

「ふう……」

 魔力量の少ない私は、今のちょっとした魔法でさえ疲れる。幼い頃にはすでに出来たこの魔法。

「あの頃なら凄かったのにねえ……」

 バルコニーの手すりにもたれかかり、私は夜空を見上げた。

 明るい城下町では見えなかった星がキラキラと瞬いている。

「来世では魔力とか関係無い世界で生まれたいなあ……」

 詮無き呟きは夜空に飲み込まれていく。

 ふと、今日出会った騎士団の人たちの明るい笑顔を思い出した。

 同じように「無能」というレッテルを貼られながらも、国のために働き、楽しそうに笑う彼ら。

(私も頑張ろう……)

 自分にそう誓い、私は星に手を伸ばした。けして掴めなくても、自分にもまだ出来ることがあると信じて。

☆☆☆

「おはようございます、ミュリエルさん」
「おはようございます、アロイス様」

 翌日、魔法省に出勤すると、研究塔室長で私の上司にあたるアロイス・ドロー様と入口で出会した。

 侯爵の爵位を25歳にして引き継いだアロイス様は、青くて長い髪を一つに縛り、肩から前に垂らしている。青い瞳は優しそうに微笑み、おっとりとした性格の方だ。

「魔法学校はどうですか?」
「アロイス様のおかげで続けられていますよ」

 彼の質問に私は苦笑してみせた。

 魔法学校の座学の時間はかなり短縮されて、実践がメインになりつつある。それでもアロイス様が座学の大切さを説いてくださったているおかげで、私も職にありつけているのだ。

「今日は何かあるんですか?」

 魔法省の入口でソワソワしている魔術師団長を見かけた私はアロイス様に聞いた。二つの組織のトップが同時に揃うにしては出来すぎている。

「実は……」

 アロイス様が説明しようと口を開いた所で、入口が騒がしくなる。

 何事かと目を向ければ、多くの魔術師団の人たちに囲まれやって来たのは、あの(・・)イケメンだった。

(あっ、アイツ!!)

 騎士団の彼がどうしてここに?という驚きと同時に、昨日の失礼な態度を思い出し腹が立つ。

「よ、ようこそいらっしゃいました」

 イケメンを見たアロイス様は瞬時に彼に駆け寄り、挨拶をした。

(どういうこと? どこかの貴族令息だったの?)

 不思議に思いながらまじまじと見ていると、イケメンと目が合う。彼も一緒驚いて目を見開いたが、すぐに取り巻きたちに視線を戻した。あの夜、綺麗に見えたエメラルドグリーンの瞳が何故かくすんで見えた。

「アロイス殿、ここは魔術師団がご案内するので下がっていて大丈夫ですよ。お忙しい(・・・・)でしょうし」

 魔術師団長はわざとらしくニヤニヤと嫌味を込めて言った。

 魔法省の三トップはいずれも侯爵家の人間だが、その中でも研究棟室長であるアロイス様は肩身の狭い思いをされていた。

「俺は別に良いけど」

 面倒くさそうに話すイケメンに、魔術師団長が光の速さで叫ぶ。

「いけません!! ただでさえ、あの無能な騎士団に出入りされているというではありませんか!! これ以上、あなたを下世話な噂で汚してはいけません! せっかく魔力量が豊富なんですから」

 どうやらイケメンは魔力量が多いどこかの貴族らしい。この国は魔力量が絶対。

(あの魔術師団長がギラギラするなんてね)

 イケメンは16歳だと言っていた。魔法学校に通う年頃だが、見かけたことはない。

 魔力量が多い生徒は魔術師団が目をかけ、座学を免除されることも多いと聞くので、私が見たことがないのも納得だ。

「魔力の高い御身はこの国の宝です。騎士団など、あんな下賤で使い捨てのやつらは貴方とは違うのですから……」
「ちょっと!!」

 魔術師団長の言葉に、気が付いたら飛び出していた。

「ミュ、ミュリエルさん?!」

 慌てるアロイス様には目もくれず、私は魔術師団長に怒鳴っていた。

「魔力量、魔力量って、バカの一つ覚えみたいに……っ! 騎士団の人たちがあなた達に何をしたって言うのよ!! 彼らは彼らなりに国のために出来ることを精一杯やっているのよ! そんな立派な人たちを下賤? 使い捨て?? 彼らを守ることこそ、魔法省の役目でしょうが!!」
「なっ――」

 一息に言った私に押されつつ、魔術師団長が何か言おうとしたが、私は今度は怒りに任せてイケメンにぐりんと向き直った。

「あんたも!! 何で黙って聞いてるのよ?! 仲間をバカにされたのよ? 昨日の態度はどうしたのよ?! 魔法省だろうが、魔術師団だろうが、言い返しなさいよ!!」

 びしいっっ、とイケメンに指を指して言い切った。

 イケメンはぽかん、と私を見て固まった。

「ミュ、ミュリエルさん〜あなた、何てことを〜」
「へっ?」

 アロイス様が情けない声で割って入って来る。

「この生意気な少年、どこかの貴族令息ですか?」
「ミュ……っ、ミュリエルさん!!」

 イケメンを指差しながらアロイス様を見ると、彼は顔を青くさせた。

 何だ?と首を傾げていると、険しい顔の魔術師団長が私を睨んで言った。

「この方は、この国の第二王子、アドリア・フォン・ヴァーサリオン殿下であるぞ!!」
「は……」

 魔術師団長とイケメンの顔を往復して見る。

「はああああああ?!」

 驚きでつい絶叫した私に向かって、イケメンはまたしてもアッカンベーをしてみせた。その瞳は、悔しいくらい綺麗なエメラルドグリーンだった。
< 4 / 43 >

この作品をシェア

pagetop