落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

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「お姉様の物は、私の物よ!!」

 クリスティーが魔法を放とうとした時、私は自分の持つ魔力量をこめられるだけこめて魔法を放った。

 慣れない魔法石の使用により、クリスティーの魔法の軌道は簡単に読めた。

 私はクリスティーの魔法ごと、彼女を後ろにいたお父様ごとふっ飛ばした。

「きゃあああ!!」
「ぐあっ!」

 二人が吹っ飛んだと同時に、私の拘束が解かれる。

 がくん、と身体の力が抜ける。

(逃げなきゃ……助けを……)

 私は自身の両手で地面に突っ伏した身体をズリズリと動かす。

(誰が操られるもんですか!)

 ズルズルと必死に裏庭の入口までようやく辿り着く。

「今日は助けは来ないわよ?」

 晴れた砂埃の向こうから、クリスティーの声がして、私の額からは冷や汗が流れる。

「早朝だから出勤している者もおりませんし、アドリア殿下はこれから試験。お姉様を助ける人なんていないのよ?」

 すぐ後ろに嬉々としたクリスティーの声が聞こえる。逃げなきゃ、という焦りで心音が早くなる。

「誰が来ないって?」

 万事休す、という所で私の目の前にアドが現れる。

「アド……?」
「あーあー、昨日も見たな、この風景? よっと」

 アドは呆れたように笑うと、私を横抱きに抱えた。

「ミュリエルは俺に抱き抱えられるのが好きらしい」

 ちゅ、とアドから頭にキスをされ、私は身体をこわばらせる。

「んなっ?! そんなわけ――」
「アドリア殿下!! どうして?!」

 アドに抗議しようとした所で、クリスティーが怖い顔でこちらを睨んでいた。

「試験前に家庭教師に挨拶に来るのは当然だろう?」

 チュ、チュ、とアドは私の頭にキスを落としながらクリスティーを見やる。

 そんな甘いアドに私は顔を赤くさせ、彼の腕の中で身を固くする。クリスティーは怒りの形相で震えながらこちらを見ていた。

「まあ、お前が牢屋を出た時点で大人しくしているとは思わないからな。ミュリエルを訪ねてみれば案の定だ。……俺の家庭教師に手を出したらどうなるか言ったよな?」

 ギロリと睨むアドに、クリスティーは怒「ひっ」と竦む。

「シルヴァラン伯爵、貴様も陛下から猶予を貰っておきながら、今すぐ没落したいらしいな?」

 クリスティーの遥か後ろで座り込んでいたお父様は、意識をハッとさせると、慌てて立ち上がった。

「殿下! シルヴァラン伯爵家を没落させれば、ミュリエルは平民同然! あなたの家庭教師の資格も失いますぞ!!」

 お父様の訴えにアドは間髪入れずに答えた。

「ふん、身分なんてどうでもいい。俺はただのミュリエルが側にいてくれさえすれば問題ない」
「アド……」

 アドの言葉に私は感動で泣きそうになる。

「そんなこと! 殿下の一存で何とかなることじゃありませんわ!」
「……そうだな」

 クリスティーの叫びに、アドは頷く。

 アドの言葉は嬉しいけど、確かにシルヴァラン伯爵家が没落すれば私の後ろ盾は完全に無くなり、王族であるアドの家庭教師なんて難しいだろう。

「まあ、シルヴァラン伯爵家なんて無くとも、ブロワ侯爵家、ラヴァエール侯爵家、デレル伯爵家がコイツの後ろについてる」
「は?」

 アドの予想外の言葉に、クリスティーとお父様が口を空けてポカンとした。アドはそんな二人の顔を見て、悪い顔で笑った。

「だから、安心して没落しろ。その前に牢屋行きだがな」

 アドの合図で魔法騎士団が裏庭にドカドカと入って来た。

「何でよ!! どうしてお姉様ばっかり! アドリア殿下!! 私の方が魔力量もあって治癒魔法が使えて優秀で、可愛くて貴方にふさわしいのに!!」

 魔法騎士団に腕を取られたクリスティーが抵抗しながら叫ぶ。

「お前が? ミュリエルより? バカを言うな。ミュリエルはこの国で一番の女だ。俺にとってはな」
「ふふっ……ははははっ!」

 アドがクリスティーに近付き、そう言うと、妹は壊れたように笑って、口を噤んだ。大人しくなった所で魔法騎士団に拘束され、連れて行かれる。

 そんな妹の表情は狂気に狂わされたように別人だったが、私と目が合うことは無く、連れて行かれてしまった。

「ミュリエル! 殿下にお願いするんだ! お前がシルヴァラン伯爵家を守るんだ!!」

 同じく魔法騎士団に両腕を抱えるようにして連れて行かれるお父様がすれ違いざまに叫んだ。

「お父様。私はもうあなたの娘ではありません。さようなら」

 お父様に告げる。

「落ちこぼれがっ……」

 一瞬顔を強張らせたお父様が放った最後の言葉は、いつもの蔑む言葉だった。

「ミュリエルは国一番の魔術師ですよ、()シルヴァラン伯爵。安心して牢屋でお過ごしください」

 傷付く私の肩を抱き寄せ、アドがお父様に言った。

 お父様は何も言わず、されるがまま、魔法騎士団に連れて行かれた。

「大丈夫か? ミュリエル」

 二人が連れて行かれ、アドと二人きりの裏庭。

 アドは私に向き合うと、両手を私の両肩に乗せた。

「うん……。またアドには助けられたね。ありがと」
「ヒーローみたいだろ? 惚れ直したか?」
「ははっ」

 アドの言葉に笑って誤魔化す。

「おい、ミュリエル」

 私の乾いた笑いに、アドが真剣な顔になる。

「お前、観念しろって言ったのに……またそうやって誤魔化すのか?」
「何のこと?」

 真剣なアドの言葉を私は必死にはぐらかす。

「兄貴から全部聞いてる」
「えっ……」

 ヘンリー殿下から、昨日の話を聞いたのだろうか。どうして、何で。

「ミュリエル、俺は……」

 アドの両手に力が入るのを感じた所で、陽気な声が響いた。

「おーい、殿下! 試験の時間が迫ってるぞー! あの二人は魔法騎士団に任せて早く行かないとー!」
「あーー! 試験!! アドっ、早く!!」

 我に返った私はアドに必死に訴えた。

 今日は大事な日なのだ。それなのにまた巻き込んでしまった。

 慌てる私の顔を見てアドは笑うと、手を取った。

「お前が国一番の家庭教師だと証明してくる」

 するりと絡ませた指を自身の唇まで持ってくると、アドはそのまま指にキスをした。

 そんなアドに見惚れてしまい、ぼーっと彼から目線を外せない。アドは私に顔を近づけると、不敵に笑った。

「約束、覚えてるよな? 覚悟しとけよ」
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