落ちこぼれ魔術師なのに、王子殿下の家庭教師に任命されまして。〜なぜ年下殿下から甘く口説かれているのでしょう?〜

43

「あれっ、アドは?」

 魔法騎士団の入口まで来ると、団長様と隊長さんが話をしていた。

 アークと一緒に二人の側まで走って行く。

「ミュリエル嬢、おめでとうございます。殿下は無事に合格されましたよ」

 団長様がにこやかに告げてくれたので、私は頭を下げてお礼を言う。

「魔力を開放されてもなお、的確なコントロールで、試験もお見事でした。殿下は受験者一位で合格でしたよ」
「すぐに魔法騎士団に入って良いくらいだよなー」

 団長様に続けてグレイが言った。

「殿下は副団長に就くんだから、それは無理でしょバカグレイ」

 イリスがグレイを嗜める。そんな二人を見て微笑んだ団長様が私に視線を向けた。

「ミュリエル嬢、実は、殿下は見習いから魔法騎士団に入団するとおっしゃっています」
「えっ?! 何でですか?!」

 団長様の言葉に驚いて、つい大声を出してしまった。

「陛下に、魔法騎士団の中で認められてから、副団長の座を実力でもぎ取るって宣言するらしいぜ」

 夢はどうするの?!と焦る私に、団長様の横にいた隊長さんが笑って言った。

「じゃあミューさんの家庭教師はどうなるわけ?」

 アークが隊長さんを見て言った。

 私もそれが一番気になった。

(私はクビ……なんだろうか)

 アドの側にいるために家庭教師としての一年間を選んだというのに。

「安心してください、ミュリエル嬢。殿下は魔法騎士団に通いながらもあなたの指導を受け続けます。ただ、その機会が減ってしまうので、あなたにも魔法騎士団の顧問として来ていただきます」
「へっ……」

 予想もしない団長様の言葉に私は素っ頓狂な声を出して固まる。

「お誘いしたの、覚えてくださってます?」
「はい……」

 団長様のにこやかな顔に、ぼんやりと答えた。

 すっかり社交辞令だと思っていたので、私は呆然とする。

「てか殿下は俺の家庭教師だ! って怒ってたのに了承したわけ?」
「殿下も大人になったんだよ、グレイ」

 グレイの疑問に団長様がにこやかに答える。

「やった、ミューさん!」
「良かったじゃないミュー」

 私そっちのけで、イリスとアークが喜んでいる。

「てか来年副団長になれるし、ミュリエルは家庭教師も続けるのに、何でわざわざ殿下はそんなことするわけ?」
「それは……ねえ。ミューのためでしょう」
「ああ。アドが陛下に交渉するために男を見せたってわけね」

 グレイの疑問に、イリスとアークがニヤニヤと楽しそうに話している。

(私も一瞬よぎったけど、まさか、ねえ……)

 私との未来のためにアドが道を切り開こうとしてくれているのだろうか。まさか、そこまで?と自問自答する。

「おい、アーク、イリスは俺の婚約者なんだから、イチャイチャすんなよ!」

 考え込んでいると、少し怒ったようにグレイがイリスとアークの間に割り込む。

「だからっ! あんたは何言ってんのよ!」
「グレイ、大丈夫だよ。僕、空気読めるから」

 グレイとイリスとアークがわちゃわちゃとしていると、団長様が遠くを見て言った。

「ああ、お戻りですね」
「あいつ、すっかり男の顔するようになったよなー。ミュー嬢、あいつ、陛下の所に先にすっ飛んで行ったんだぜ。ミュー嬢の所じゃなくてな」
「えっ……」

 三人横並びで遠くに見えるアドがこちらに来るのを見ていたが、隊長さんの言葉で彼を見る。

「ミュー嬢に真っ先に合格を知らせに行きたかっただろうに。先にやることがあるからって」

 隊長さんがウインクをして言った。

「これはミュー、殿下の覚悟を受け取らないとね」
「ミューさん、アドはけっこう重たいからね? 覚悟しといて」
「えっ、えっ?!」

 いつの間にか私を挟んでいたイリスとアークの顔を困惑しながら交互に見る。

「ミュリエル!」

 私に気付いたアドが走り出した。

「行って来い!」

 バン、とイリスに背中を押し出されるように叩かれ、私は弾みでととと、と前に出る。

 振り返ると、皆が温かい目で私を見ていた。

「――――っ! 行ってきます!」

 私はお辞儀をすると、アドに向かって駆け出した。

「あーあ、ミューにもついに現れちゃったか」
「イリスさん、寂しいの?」
「ううん、嬉しい……かな」
「イリスには俺がいるから大丈夫だぞ!」
「だからあんたは何言ってんの?!」

 後ろでイリス、アーク、グレイがまたわちゃわちゃと言い合っている。

「――若いって良いなあ! 変わりますかね? この国は」
「そうなることを願っています。私たちも尽力しなければ」
「ははっ、そうですね」

 その後ろで団長さんと隊長さんが穏やかに笑い合っていた。



「アド……合格おめでとう!」

 落ち合った私たちは、研究棟の裏庭までやって来た。

 二人で勉強してきた二ヶ月を思うと、感慨深い。

 アドは私のお祝いの言葉に反応せず、こちらを向かない。

「ねえ、アド……」

 せっかく背中を押されて来たのに、話も出来ないのは辛い。私はアドの腕を取ろうとした。すると――

「ミュリエル! 俺は魔法騎士団の試験を合格した!」
「う、うん……おめでとう」

 逆にアドに腕を掴まれ、辛そうな表情のアドにびっくりしながらもお祝いを繰り返してしまう。

「兄貴から、お前が親父と約束して俺から身を引くことは聞いた」
「うん……」

 私はアドの話をじっと聞く。

「逃さない……」
「アド?」

 私を掴むアドの手に力が入るのがわかった。その手が震えているのも。

「ミュリエル、俺の側から離れないでくれ! 俺は、お前がいないとダメなんだ! お前が、好きだ――」

 縋るように、辛そうな声で聞く、二度目の告白。

 アドの切ない気持ちが伝わって、私は泣きそうになる。

(こんなにも想ってくれていたんだ――)

「アド、私ね……」

 私もアドと一緒に乗り越えたい、そう言おうとすると、アドは私をキツく抱きしめた。

「嫌だ!! ただの家庭教師になんてもう見れない! お前が好きなんだ!」
「アド、聞いて――」

 私の言葉を聞こうとしないアドから身体を離し、私は何とか言葉を届けようとする。

 すると、アドは私の唇を自身の物で塞いだ。

 突然のキスに、何も考えられなくなる。

「ミュリエル、俺が試験に受かったら褒美をくれるって言ったよな?」
「う、ん……」

 ようやく開放され、アドのキスに酔いながらも私は頷いた。

「ミュリエルの心が欲しい」
「え――――」

 真剣に縋るエメラルドグリーンの瞳がすぐ近くにあった。

「もう、何も考えるな。俺だけを見てろ。観念しろ、って言っただろ――?」
「うん……」

 伝えたいことがあったはずなのに、私はそのエメラルドグリーンに吸い寄せられるように一言だけ返事をした。

 アドは安堵したように目を細めると、もう一度私にキスをした。

 長いキスの後、私はアドの背中を撫でながら言う。

「ねえ、アド、私、あなたの覚悟に付き合いたい。一年だけじゃなくて、これからもずっと一緒にいたい、って伝えようと思ってたんだよ?」
「え?!」

 驚きで身体を離したアドが私を覗きこむ。

「アドったら、私の話を聞かないんだもん」
「〜〜〜っ!!」

 アドはその場に座り込んでしまった。

「元はと言えば、お前が勝手に何でも一人で決めるからだろ……」
「ごめんね、アド」

 座り込んだアドの頭を撫で撫でする。

「だからっ! お前は、俺を子供扱いすんなっ!」

 急に立ち上がったアドに手を取られ、身体を寄せられる。

「もう、男の人として見てるよ?」
「――っ!! おっ、まっえ……」

 アドを上目遣いで見れば、彼は赤くなってしまった。

 そんな彼が可愛いな、愛おしいな、と思えば、手を取ったままアドが跪く。

「ミュリエル、俺は必ず魔法騎士団の副団長に這い上がる。親父にも認めさせるから、俺と結婚して欲しい」
「うん……! 副団長になったらね!」

 思いっきり笑顔で返事をした私に、アドがニヤリと笑うと、私は彼よりも顔が少し高い位置にまで身体を抱き上げられた。

「副団長になったら迎えに行く。その時は覚悟しとけよ、ミュリエル」
「うん?」

 また覚悟しとけ?と首を傾げると、アドは甘くふわりと笑った。

「今以上に俺に愛される覚悟だよ」

 そう言うと私を見上げるアドに下からキスをされた。

 私はアドの首に手を回して、その幸せを噛み締めた。

 
 
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